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05.18
Tue
吉村正先生の「しあわせなお産」の講演会と座談会へ行ってきました。

講演会の方は託児スタッフとしてだったので、聞けませんでしたが、終了後友だちがいろんな話を聞かせてくれて、とても感動的な講演会だったようです。

翌日は天然村での吉村先生を囲んでの座談会。
講演会とは違って、参加者みんなと吉村先生との距離がぐっと近づく感じの会でした。

座談会前になおやがクリスタルボウルの演奏。
真理は一つ1

子どもたちも最初は静かに聞いていました。が、いつものことですぐに騒ぎだしてしまって、途中で退席。
子どもたちを連れて外を散策。
いろんな葉っぱや花を摘んではブーケを作ったり、駆け回ったりして、エネルギーの発散させて、また会場へ。

会場では吉村医院で働いている先生方が話をしてくれていました。

体調が思わしくないと奥で寝ていた吉村先生でしたが、いても立ってもいられないとのことで出てきました。
体調は思わしくなさそうでしたが、話始めたらすごいマシンガントーク。
みんな大笑いしたり、真剣に聞き入ったり、あっという間に吉村先生ワールドに持ってかれました。

吉村先生はたくさんのお産を見てきた経験からのお話をしてくれました。
吉村医院は妊婦さんは昔ながらの食、生活習慣を守り、一緒に生活する中での、医療がなるべく介入することのないお産を目指している産院です。
吉村医院にいらっしゃる妊婦さんは、ほとんどが一切の医療介入なしに無事出産をなされているようです。

出産は命を懸けてするもの。だからこそ、命の尊さがわかるし、本当に母親になれる。そして産道を通って生まれてくる子どもだけが母の無条件の愛を経験できるという話がありました。

私には二人の子どもがいます。そして二人とも帝王切開での出産でした。
二人とも産道からの分娩にトライしましたが、どうしてもダメで帝王切開に切り替えての出産でした。

吉村先生は「あなたには悪いけど、帝王切開で生んだあなたは本当の母親にはなれない。」とおっしゃいました。
たまらなく悔しさがこみ上げて来ました。
そしてこの場には、私の二人の子どもも同席していて、吉村先生の言葉を聞いていました。
まだ4歳と2歳ですが、この場で先生の発言をスルーすることは、二人の子どもの前では、絶対にできない、したくないと思いました。

私は泣きながら「私は本当に母親です。子どものために命を懸けることができます。」と言いました。

確かにたくさんのお産を見てきた先生の経験から出る言葉はある意味真実でしょう。
でも、先生はあくまでも産科医。スタート地点を見ているのです。
母と子の関係はそこがスタートかもしれませんが、それはスタートでしかありません。そこから脈々と母と子の関係は育まれていくのです。

受胎した瞬間から、私は母になりました。

真理は一つ


妊娠、出産の話題はとてもプライベートな話ですが、帝王切開で産まれた子ども、帝王切開で産んだお母さんのために私の経験を書かせて頂きます。

一人目のカフウは出産予定日を2週間過ぎても陣痛もこなくて、いろんな方法を試しました。
最終手段の陣痛促進剤も使いましたが、胎児の心拍数が上がるばかりで、私の体には出産への変化が起きず、このままでは胎児が危険という話を先生から聞かされました。
私はなおやと二人での自然分娩を希望して、心地よい音楽やアロマ等準備して、その瞬間を楽しみにしていましたが、「胎児が危険」この一言ですぐに自分の自然分娩への夢はあきらめ、先生に「帝王切開をお願いします。」と言いました。
そして、手術中は麻酔が片効きだったようで、かなり痛くて、失神しそうでした。でも、もう手術は進んでいて、今中断することはできないと思い、必死で痛みをこらえました。
そして、カフウが誕生。
生まれて来たカフウの手を握ったとたん涙が溢れ、自然と「ありがとう」という言葉が出てきました。
そして先生や助産婦の方にも「ありがとうございます。」と心からの感謝の言葉が出てきました。
カフウがいろんな検査のために連れて行かれた後はとたんに、痛みで意識が遠のき、「助けてー!」と叫び、助産婦の方が「しっかり!頑張って!」と手にお守りを握らせてくれたのを覚えています。
麻酔が追加され、猛烈な痛みから解放され、すごいスピードで沈みかけていた体(私の感覚です)が一気に戻ってきました。

その後自分の病室に戻ると、にこにこ顔のなおやがカフウの顔を見つめながらまーるくなって抱っこしている姿がありました。
「へーいわーへいわー♪」と歌っているボーカルの声がCDデッキから流れていて、まさに平和に包まれていました。
手術後の痛みで体はキツかったですが、なんて幸せなんだろう、とにかく何をしても喜びで、涙ぐんだり、笑ったり(笑うとめちゃめちゃお腹が痛いのですが、笑っちゃうんです。)のカフウとなおやとハッピーな時間でした。

授乳は大変でした。
とにかくお腹が痛いんです。でもおっぱいをあげたい。
このせめぎ合いの中での数日間。
帝王切開での出産は痛くないから楽だよ、なんて言った人がいたけどとんでもないと思いました。

二人目の妊娠が分かった時、今度こそ自然分娩!と思いました。
帝王切開ではない産道からの出産にかなり執着していました。
そしてすぐにVBAC/ブイバック(一度帝王切開で出産した妊婦が、下からの出産にトライすること)できる病院を色々探しました。
一度帝王切開した子宮はダメージがあり、子宮破裂を起こす可能性があるため、高リスク出産になります。私が調べたところでは、子宮破裂の割合は100人に一人とも50人に一人とか言われています。
お産中に子宮破裂を起こすと、母子ともに危険な状態になります。
なので、緊急時に万全の対応ができる必要があるため、VBACにトライできる病院は限られます。

ある病院でVBACしたいと言う意思を伝えたところ、先生が
「やってもいいけど、もしなんかあった場合あなたの命はなんとか助けられるでしょうけど、子どもはあきらめてね。でも、子どもはまたできるから。」と言われました。
私はこの病院では産みたくないと思いました。
自分の命より、子どもの命を助けて欲しいと思ったからです。
冷静に考えれば、私にはまだまだ小さいカフウもいるし、私の命を守ると言った先生はごくごく一般的な意見を言ったのだと思います。
でもその時はお腹の中のこの子の命だけは自分の命にかえてでも守る!という思いが強かったので、先生の方針に納得できず、その病院での出産はあきらめました。
母とはそういうものだと思います。

なおやともたくさん話し合いました。
下から産みたいとそこにこだわるのはエゴじゃないかと思ったりもしました。
親族からはさんざん心配されました。
でも、なぜか絶対大丈夫と根拠のない自信がありました。
最終的に、誰にとっても問題がないように、新生児のNICUが完備されている大きな病院で出産することにしました。

二人目の時は予定日の1日前に陣痛が来ました。
カフウの時には経験したことのない、寄せては返す痛みの波でした。
陣痛が来た私は嬉しくって、痛くなる程に浮かれまくっていました。
「やったー、痛いよ~!!」

病院に連絡すると、すぐに来るようにと言われ、立ち会い出産を希望していたなおやと私は陣痛室へ行きました。

陣痛室は、カーテンで仕切られただけのベッドが5つくらい並んでいて、あっちこっちのカーテンからうめき声やら、「痛ってー!」みたいな叫び声が聞こえていました。
あまりの状況に痛みがあっても笑ってしまう程。

すぐ隣に分娩室があり、今まさに赤ちゃんが生まれるという臨場感ある妊婦さんや助産師さんの声が聞こえてきます。
「もう出したい!」と妊婦さん。
「もう少しがまんして。あとちょっとだから、イキまないで。痛みを逃すのよ。」と助産師の方。
「無理ですーぅぅぅ!!!」

そんな中でだんだん強くなる陣痛に最初の浮かれ気分は吹き飛んできました。
痛みが強くなると声が出ません。
なおやが「どうしたの?大丈夫?」と声を掛けてくれますが、顔を上げるのも必死で、手をばたばたするのが精一杯。
陣痛が遠のくとやっと話が出来ます。なので痛みマックス時のサインを決めました。グーはマッサージして、パーは水。みたいな感じです。

陣痛室に入ったのは夜10時頃でしたが、夜があけて、昼くらいになると陣痛がだんだん弱くなってきました。昼過ぎになると、ほとんどないくらい。
一度帰ってまた痛くなったら来てということになりました。

そして帰って2時間くらいするとまた痛みがぶり返してきました。
前日よりも強い痛みです。
車で病院に向かいますが、車が振動で揺れるたび痛みで冷や汗が出てきます。
病院についてホッとしました。

そしてまた陣痛室へ。
昨日とはメンバーも入れ替わっていました。

先生の内診を受けましたが、子宮口は相変わらずあまり広がってないようでした。
そしてまた深夜になるにつれ強くなる陣痛。
前日もほとんど寝ていなかったので眠いのですが、うとうとしては痛みで目が覚めるという状況。
なおやは気づけば私のベッドでグーグー寝ています。
看護婦さんに「ここは妊婦さん用のベッドですから、ご主人はお家に帰って寝られたらどうですか?」と言われる始末。
痛みで食事も口にできないので、だんだんお腹はすいてきます。
でも、体が受け付けてくれないのです。

そんなこんなで夜が明けて、また前日と同じ経緯をたどり家に帰ることに。

そしてまた陣痛で病院へ。

そしてまた帰宅。

陣痛3日目で家で破水。
びしゃっと大量の水が出てきました。
慌てて病院へ。

破水は出産の兆候です。
今日こそと思ってワクワク気分でした。
でも痛みはどんどん激しくなるのですが、相変わらず子宮口はなかなか広がりません。
先生は「もうそこまで頭が見えてるのに・・・。なんで広がらないのかなぁ?とにかく動いて。」と言います。
なおやと一緒に病院中ぐるぐる歩き回りました。
疲れると陣痛室に戻って休憩。
隣の分娩室から出てくるお母さんたちがとってもうらやましかった。

そしてまた朝。

なおやも私もほとんど睡眠を取れていない状況で、疲れもマックスに。
子宮口がまだ広がっていないとのことで、なおやだけ一旦家に帰って睡眠を取ることにしました。
かわりに母が来ました。
母は「もう帝王切開にしてもらったら?もう、心配で心配でたまらないから、お願いだから、こだわりは捨てて。お腹の赤ちゃんが無事だったら、どんな形で出産してもいいんじゃない?」と私をなだめます。
私は「ここまで来たら、絶対あきらめないよ!大丈夫だから。安心して!」と反対に母をなだめました。
そして、母も帰り、一人で過ごす陣痛室。
そして、何かあったときのためにと、赤ちゃんの心拍を管理するモニターと麻酔を入れる血管を確保するための点滴をしました。

そして2回目の破水。

そんな中、一人の妊婦さんが出産途中で何か異常があったようで、バタバタと先生や看護婦さん達が走り回ったり、緊急を伝える怒鳴り声が聞こえてきます。
ここで私は急に恐怖心が芽生えてしまいました。
そして、その時、窮地に立たされているであろう、お母さんと赤ちゃんの無事を祈りました。
数十分後、「おめでとうございます」の声。
涙が出てきました。
本当によかったと思い、オイオイ声を上げて泣いてしまいました。

夜遅く、なおやが来たときは本当にホッとしました。
カフウの様子を聞くと、不安そうだけど、カフウなりに理解して、みんなに迷惑をかけないよう、わがままを言わず頑張ってる様子。
私も頑張ろうと思いました。
ただ、私の陣痛が4日間も続いているため、家族みんなの生活リズムが狂ってしまったようで、みんな体調が悪くなってしまったとのこと。
なおやもちょっと具合が悪そう。
万全を期して、帰って家で寝てもらうことにしました。

陣痛はやっぱり朝になると弱まってしまいます。
でも、前日辺りから、陣痛とは明らかに違う別の痛みがありました。
先生に膀胱が痛いと言うと、圧迫のせいじゃないかとのことで、その痛みにも耐えるしかありません。

朝、内診をしてもらいましたが、やっぱり子宮口はなかなか広がってきません。
先生に「破水をして24時間経つと、胎児への感染症の恐れがあります。でも、あなたはずっと頑張って来た。だからぎりぎりまで待ちましょう。でも医者として、危険をおかすわけにはいかない。今日これ以上子宮口が広がらなければ、その時はあきらめて帝王切開しましょう。」と言われました。

この時、私はこっそり自分のまたを触ってみました。
びっくりしました。
グニャグニャと考えられないくらいの柔らかさでした。
こんなに人間の体って変化するもんなんだと驚きでした。
鏡を持っていたら見たかったくらい。

午前中遅く、母が来ました。
母以外、みんな体調を崩してしまったようでした。
母はまた「もういいでしょう。たかえはもう十分頑張ったよ。それでいいじゃない。」と言いました。
そして、私や妹を出産したときのことやここまで育ってきた私たちのことなどを話してくれて、「今、こうして、みんながいるってことが大事で、どう出産したかなんて全く関係ないんだから。」と言いました。

陣痛中、あまりの痛みに感覚がぽーんと吹っ飛んだ瞬間がありました。
痛みと私は切り離され、真っ白な中に放り出されたような感じがしました。
そして、痛いはずなのに、めちゃくちゃ気持ちよくって「あれ?!私、今、気持ちいい?変だね!!」と言ったら、眠そうななおやは「よかったね。気持ちよくって。たかえ幸せだね~。」と言ってまた寝てしまいました。
その感覚は陣痛が遠のくにつれて薄くなり、陣痛の波とともに彼方へ行ってしまいましたが、出産の気持ちよさってこれかなぁなんて考えていました。

そして昼過ぎ看護婦さんが「佐藤さん!落ち着いて下さいね。今、赤ちゃんの心拍が急に下がりました。聞こえなくなりました。今、お腹を動かしますよ。反応はありますか?」と取り乱した様子で私のお腹を揺すりました。
母はびっくりして「すぐ切って下さい!大丈夫ですか?」と言っています。
私も一瞬びっくりしましたが、すぐにお腹の中で赤ちゃんの反応を感じたので、わりと冷静でいられましたが、この時「あー、もういいや。何を私はこだわっていたんだろう。帝王切開しよう!」と覚悟が出来ました。

先生もすぐに来て、「手術室が空き次第すぐにオペします。大丈夫だから、リラックスしてね。あなたは素晴らしい最高のお母さんですよ。あとは、私たちにまかせて下さい。」と言いました。

なおやも来て、手術までの2時間くらいをのんびり待ちました。
なおやは「もうすぐ会えるね。楽しみだね。実はさー、ここで分娩室からの妊婦さんたちの絶叫を聞いて過ごしてるうちに、俺、大丈夫かな?ってちょっとびびってきてたんだよね。だからちょっと安心したよ。もう、あとはお任せだね。でも、ここで5日間も過ごして、出産の様子を声だけだけど経験して、女ってすごいなーって本当に尊敬したよ。それを心から思えたことがよかったよ。」と言っていました。

手術中はいろんなことが頭に浮かびましたが、生まれて来たハネイの声を聞いて、顔を見て、すぐにいろんな思いは吹っ飛びました。そしてまた「ありがとうね。」しかありませんでした。

またしても手術後の痛みは辛かったです。それとともに、ハネイは感染症になっていたようで、母子同室はかなわず、ハネイはNICUへ。
陣痛とは違う痛みと感じていたのは、やはりその通りだったようで、膀胱炎になっていたようです。
私も高熱が出てふらふらで立てない状態になってしまって、出産2日目は面会は止められてしまいました。
ハネイに早く会いたい、そして、カフウにも早く会いたいと過ごした2日目はとっても辛かったです。
なおやをはじめ家族もみな発熱で、面会謝絶になってしまい、いとこが心配してずっと一緒にいてくれました。
ありがたかったです。

次の日NICUにハネイの面会に行った時、このまま抱っこして、家に帰りたい衝動に駆られました。同じ病室に連れて帰りたいと先生に言ったら、感染症の経緯をもう少し慎重に見る方がいいよ、でも、いつでも会いに来てくだい。と言われました。
そして、なかなかでない母乳をお腹の痛みに耐えながらも、必死に絞っては何度も届けに行きました。
母乳は赤ちゃんが乳首を吸うことによって、分泌されるのです。吸ってもらわないとなかなか出ないものなんだなぁ母と子の繋がりの神秘を改めて感じました。

これは私の出産の経験です。

帝王切開だから本当の親子に慣れないなんてことは絶対にないと言い切れます。
下から生んだ経験がない私が言うことは片方からの視点しかありませんが、帝王切開を経験した私が、「私と子どもたちはまぎれもなく強い絆で結ばれている母と子です。」と断言します。

吉村先生が「真理は一つではない」と会の最初の方でおっしゃっていました。
この言葉は真実でしょうか?
吉村先生の真理。私の真理。
私はこの日記を書く前は「真理は一つではない。」と思っていました。

吉村先生が、当然反発を覚悟しておっしゃっているであろう様々なこと。
それはもう、先が長くないと自分で感じている自分の命にかけても絶対伝えたいことなのです。
先生の必死の思い、受け取りました。
私にも必死の思いがありました。

私の真理と吉村先生の真理は同じものなのです。
これを書いていて分かりました。
それを違う視点から見ているだけ。
ただ吉村先生の経験、私の経験があるだけ。
真理はやっぱり一つでした。

会が終わったあと、たくさんの人が私に声をかけてくれました。
会の中で思わず興奮して泣きながら「先生が何と言っても、私は本当の母親です。」と言った私を気遣ってくれたのだと思います。
みなさんの思いやりに溢れた、愛の言葉にまたまた涙が出そうでした。

医療が介入しない、自然分娩が一番いいのかもしれません。
でも、もし医療が介入しなければ、私は二人の子どもカフウとハネイと今、こうして過ごすことはできなかったでしょう。
それに、もし、という話は全く意味がないです。
だって、今があるだけですから。

真理は一つ2


吉村先生の講演会と座談会を企画してくれた、かごしまおんな塾のみなさん、スタッフのみなさん、そしてあの場に居合わせた全ての方、どうもありがとうございます。

長い文章を最後まで読んで頂いてどうもありがとうございます。
最初に書きたかったことから、どんどんずれてきていましたが、浮かんでくるままに任せました。
そして最後に行き着いたところは『真理は一つ』でした。

出産の記憶が薄れる前に、こうして振り返ることが出来てよかったです。これから出産を迎える友だちがたくさんいます。
みーんながしあわせなお産ができるよう、祈っています。
私も「3人目どう?」って友だちに言われましたが・・・そればっかりは神のみぞ知るってとこですかね。

たかえ

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コメント
「真理はひとつ」だと思います。

でもそれは「自分の体験から得た確信」に基づく真理。

たくさんの「真理」は「真理」という名前で「ひとつ」なんだよね。

たかえちゃんがこうして自分の体験を公表してくれているのがどんなに素晴らしいか!

先生は自分の信念で生きているのでしょうが、たかえちゃんにとって一番大切なのは「自分の確信」なんだと思います。

この日記でたくさんの事に気づき、学びました。

本当にありがとう!!

「生命」が「真理」なんだね。

ありがとう!!
マシマシ | 2010.05.18 16:54 | 編集
たかえ~~~愛しているよん。
たかえはすごいよ~いつもそう思うよ。
尊敬しちゃうソウルメイトだものね。

それぞれ視点。
だけど辿り着くところは同じ。
いろんな道があって同じところに辿り着くと思うよ。

私もテオセッカイだけど、よかったと思うよ。
もしテオセッカイがなければ、私はいなかったよ。『もし』があってもなくても、 本当にありがたい。感謝したいことばかりだよ。


たかえ大好きなステキナお母さんでいてくれて。大好きな花風、はねいを生んでくれてありがとうね。


宮之浦の奈央 | 2010.05.18 19:43 | 編集
ほう・・・ワタシも帝王切開です。

切ってくれなきゃ、死んでたかもしんないもんね。

ワタシの耳はうまくできていて、ちがうなって思ったら、スルー・・・

でも、娘の柴犬はなこがいたら、はなこのために、それはできんでしょう。

だから、たかえちゃんの気持ちはよくわかる・・・けど・・・・

犬と一緒にしてごめんね^^

わんこ | 2010.05.18 20:39 | 編集
コメント。はじめましてです。。^^
今、自然なお産が注目されていますね。素晴らしい事だと思っています。

私が、読んで吉村先生に感じた事は、母としての真理よりも。

お産に関わる医療機関同士の真理。立ち位置や考え方の違い。
から言われている事ではないのかな。という感覚。
裾から産むことを簡単にあきらめて、技術に走る医師の考え方。
そこを否定したいのではないでしょうか。
そして、とても難しい問題なのだと感じます。

私たちには、選択の権利があり。

また、この世に生きている中で「間違い」という事は実は1つもない。
そう信頼したいと思っています。

妊娠7ヶ月。もうお腹の中で、亡骸となった娘を。
不自然に起こした痛みの中で、裾から産まなくてはならない経験をした時、
私は、お腹を切って欲しい!とあの時心から望んだことを、思い出していました。

人の痛みも、思いも、感じ方も。100人いれば100通り。

吉村先生に、自分のぶれない気持ちをぶつけられたたかえさんは、
真の母親だと、私は拍手を贈りたいです。
帆海 | 2010.05.18 20:43 | 編集
たかえちゃん!
私も帝王切開で産まれてきたよー
へそのおが首にぐるぐる巻きついちゃっててそのまま
産道からだと無理だったって。

自然分娩ではなかったけれど、母親の愛情はそりゃもう重すぎ!
ってぐらい感じて育ったよ(笑)
そしてそんな母親に感謝しているし愛しているよ。

出産のことシェアしてくれてありがとうね~☆
みほ | 2010.05.18 21:44 | 編集
自分の確信がなければ、真理といえないなぁと思ったよ。
いろんな人の意見を聞いて、とっても影響されるけど、けっきょく最後は自分の体験、感覚、を信じて生きていくしかないんだと思った。
でも不思議なことに自分を絶対的に肯定したら、吉村先生のことをすっごくリスペクトしたくなった自分がいた。
正直さって素晴らしいね。
こちらこそどうもありがとう!!

たかえ | 2010.05.18 23:46 | 編集
いろんな視点があるけど、どれも一つの真理を見ている。
だから辿り着くところは同じなんだろうね。
いろんな道を辿って行くけど、どれもがかけがえのない道。
奈央のお母さんが帝王切開で奈央を産んでくれて、私たちは会えた。
素晴らしすぎる!
私も愛してるよ~~!


たかえ | 2010.05.18 23:52 | 編集
たとえ血がつながってなくても、って、それが犬だとしても、一緒だよね。
かけがえのない存在を自分の存在をかけて守りたいと思う、その気持ち、行動はどんな関係であっても力強く結ばれているんだね。
そして、そのかけがえのなさがどんどん広がっていくのを感じるよ。
わんこちゃんのお母さん、ありがとう!!
私たち出会えたね。うれしいです。
たかえ | 2010.05.18 23:57 | 編集
こんにちは、はじめまして。
なおやがいつもお世話になっています。

吉村先生は金儲け主義に走りがちな、現在の医療のことを嘆いておられました。
そして、自分が産科医としてずっと感じて来たことを正直にストレートに話してくれました。
泣いたり笑ったり、とっても濃密な素晴らしい時間でした。
吉村先生はここにある全てを信頼されていると直感的に感じました。

帆海さんの出産の体験は私には到底想像できないものですね。
妊娠中は常にどこかにそういった不安感を持ちつつ、打ち消していた様な気もします。
妊婦の誰もが経験する恐怖心なのではと思います。
そしてそれに打ち勝ち強い母になって行くんだろうなと思いました。

「間違いというのはない」と心から信じて生きて行きたいですね。
ありがとうございます。

たかえ | 2010.05.19 00:10 | 編集
カフウもハネイも臍の緒が首に巻き付いていたよ。
特にカフウはぐるぐる巻きだったみたい。
出産後、助産師さんに「下から産まなくってよかったね~。危なかったよ。カフウちゃんはちゃーんと分かって、出てこなかったんだね。」と言われたよ。
赤ちゃんは自分に一番いい方法を一人一人ちゃんと選んでるんだねって。
私も子どもに「愛してる!」っていわれる母になりたいね。
みほちゃんのお母さんも、ありがとう!!
命の繋がりバンザイ!!
たかえ | 2010.05.19 00:19 | 編集
たかえさんの出産を想像して、自分のときの痛みと感動を思い出しました。私は下から産めたけど、とにかく必死で本当に死にそうな目をしていたといわれたのが、今でも思い出すと怖くなります。でもそれでも赤ちゃんの為なら何をしてでも無事に産みたいと、強く思ったものです。あの痛みをこらえてなおかつ帝王切開という出産は、女としては最高に辛かったと思いますよ。でも、赤ちゃんが無事に産まれたならそんなことすべて感謝だよね。時代が違っていれば帝王切開でしか産まれなかった子とは、逢えなかっということで、この親子は今を生きるようにと神様からの後押しがあったと思います。また1つなーや家の絆が深まったですね。
うーちゃんママ | 2010.05.19 10:21 | 編集
はじめまして、コメントありがとうございます。
実は・・・陣痛が痛かったことは覚えていますが、どんな感じの痛みだったかはさっぱり覚えていません。
でも不思議と帝王切開の痛みはあんな感じだったなぁと思い出すことができるんです。
女の体ってすごいシステムになってるんじゃないかって思います。
だからみんな、あんなすごい痛みを経験したのに、また妊娠・出産できるんでしょうね。

今日も朝から子どもたちに「こら~!!」と怒鳴ってますが、これもまた、私と子どもたちの絆の深まりに貢献してるんだと思います(笑)とほほ・・・

たかえ | 2010.05.19 15:44 | 編集
「真理はひとつ」

そして、いろいろなツールを使ってそれぞれが
そこに向かって進んでいるのだと信じています。

もっと早くお会いできていたら。実は鍼灸には
「子宮口」を開くためのツボというのがあります。
こちらにはそんな患者様が多くお見えになり、
鍼をした日、その翌日には自然分娩される方が
ほとんどなんです。もしまた可能性があったり
そんなことでお悩みの方がいらっしゃれば是非
試してみてくださいませ。

出産は命がけですね。
yosei | 2010.05.21 10:07 | 編集
子宮口が開くと言われているツボ。
出産予定日が過ぎてから、友だちに教えてもらい押していました。
素人なので、指で押すだけですが・・・
プロの方にしてもらったら、全然違ってたんだろうなぁって思います。
私の妹が指圧の治療院をやっていて、ツボ押しの効果の威力にいつも助けられています。
ツボ刺激って副作用がないし、効くときはクリアに効くしで、東洋医学ってすごいなっていつも思います。
次回がもしあったら今度は鍼で是非ため知ってみたいと思います。
教えて頂き、どうもありがとうございます。
たかえ | 2010.05.22 10:39 | 編集
すごーくお久しぶりです。
4年ほど前の夏、ひとりで虫さんとこに泊めてもらって(ちょうど虫さん不在)、なおやさんに西部林道を案内してもらった、鹿児島のちほです。まだカフウちゃんがやっと立てたころ。夜、虫さんの家に集まったりしました。覚えていらっしゃるかなぁ?

ずっとブログは読ませていただいていました。
私もあのあと、秋に出会った人と、翌年結婚して(結婚式で虫さんが舞踏してくださいました)、今は子どもはいないんですが、母に近い女として、すごいじーんとしました。
バーストラウマ的なことは、シェアして癒すのが一番よくて、その子はその子の生まれ方を選んで生まれてきて、その親子のお産はそれが一番いいんだ、って、ききました。

実は私の母は、自然分娩で出血が多くて大変だったけど、私が3歳のとき、男性とかけおちして突然、いなくなってしまいました。
最初は何も感じなくて、でも多分ずっと許せなくて、いろいろあったけど、祖父母が私の命をつないで育ててくれて、叔母がPTAから結婚式まで出てくれて、祖母のなくなった今は叔母がランチしたりするいわゆる実家の母、で、途中心の病で苦しんだ時期カウンセラーが心の母になってくれ、今は嫁ぎ先のお母さまが、何人目かの私の母になってくれています。
実の母も含め、たくさんの母に、今生きて、うちの旦那と出会えたこと、感謝しています。
私の母は、たくさん。本物も嘘もない。今生きていることの感謝がすべて。

私はまだ母になるのは未定だけど、30になって、布ナプキンを使い始めたり、女性としての自分、母になる性の自分を、誇りに思っています。支えて戦ってくれるパートナーとしての男性に、感謝しています。男と女で、まあるくなる、というか。うん、さらに子どもって、未体験ゾーン、そんなところにいます。

うまく伝えられないし、すごく久しぶりでいきなりディープな話をしてすみません。
でも、女性として、すごく深く受け止めましたよ、シェアしてくれてありがとう、という気持ちを送りたくて、コメントしてみました。

ちなみにどうやら私は、103番の大天使ハニエルの人らしいです。(偶然こないだミニセッションを受けました)
たかえさんのセッションも受けてみたいな。

いつか、彼とまた屋久島、いけたらな。
永田のみなさんに、よろしくお伝えください。
chiho | 2010.05.23 07:15 | 編集
うわーっ!久しぶり~~~!!
元気そうだね。
ブログを見ていてくれたなんて、めっちゃ嬉しいです。

「母」って何かな?って、この座談会のおかげで私も見つめなおしました。
そして、分かりました。
「母」は私がそう感じていれば、「母」なんだって。
だから、たとえ血がつながっていなくても、自分さえ確信すれば「母」だし、母だけではなく、自分の確信で何者にもなれるということを。
 
>実の母も含め、たくさんの母に、今生きて、うちの旦那と出会えたこ  と、感謝しています。
私の母は、たくさん。本物も嘘もない。今生きていることの感謝がすべて。

ほんとにそう思います。全ての出来事が今に繋がっていて、その素晴らしい瞬間を含む全てが今であること。
ちほちゃんのコメントでさらに確信しました。ありがとう。

オーラソーマは今も続けているよ。
オーラソーマを通じて、色々な方に会い、経験を分かち合うことで、とてもたくさんの気づきを与えられています。これも感謝です!
永田に来たときは、ちほちゃんと彼とのシナジーコンサルテーションをぜひ体験してね。
お互いがさらに愛おしい存在になると思います。
「あなたは私」ですから!

再会を楽しみにしてるよ~。どうもありがとうね。


たかえ | 2010.05.23 16:29 | 編集
たかえちゃん

講演会では託児スタッフをしてくれてありがとう、座談会へも家族みんなで来てくれてありがとう。
そして、たかえちゃんの言葉はあの時間を共有したみんなの心に響く「母の言葉」でした。ずっと忘れない。本当にありがとう。

わたしはシングルマザーだけど、子育てをしながら助産婦を目指して看護学校へ通い、子供には寂しい思いをさせているかもしれない。無力な自分を責めたり、悩んだりするけれど、太陽が生まれたときのあの「感謝」はいまでもずっと心の中にあって、私を支えつづけてくれている。

どんな産み方をしたって、どんな場所で産んだって、母親は「感謝」を感じることが出来るし、その感謝は愛情や慈しみという形で子供や家族に伝えることが出来る。そしてたかえちゃんの言葉ように人の心を動かすことが出来る。

本当に大切なのは、「やり方」じゃなくて「在り方」なんだよね。

すべての人がしあわせなお産が出来ることを、また、「お産」というものが人と人とを繋ぐ心の営みの場であり続けることを願ってやみません。

今回のこの企画をして本当によかった。

ありがとう!また会える日を楽しみにしているよ☆

麻里子 | 2010.06.05 16:31 | 編集
うわっ~!主催者からのコメントだぁ!!
どうもありがとう。

麻理子ちゃんとはゆっくり話をする時間がなくて残念だったけど、あの場をきりっと取り仕切る麻理子ちゃんの姿にとっても勇気づけられていました。
その姿をみてるだけで、母という存在の素晴らしさを感じることができました。
太陽くんもそんな麻理子ちゃんを誇らしく見ていたと思います。
麻理子ちゃんの「在り方」が素敵でした。
麻理子ちゃんが母になった時の感謝があの講演会に繋がっているかと思うと、この世の仕組みの素晴らしさに鳥肌が立ちました。
ほんと、今度また会える機会があったらいっぱい話をしたいです。

素敵な企画をしてくれてどうもありがとう~。
たかえ | 2010.06.07 14:07 | 編集
たかえちゃん

始めまして?やくしまおんな塾 吉村講演会のスタッフをしていた手塚木咲です。
とっても遅ればせながらのコメントでごめんなさい・・
でも今日感じたことを書かせてくださいね。

座談会では、心の、血の通った対話を聞かせてもらえて、私は助産婦としてこれから多くの女性の妊娠・出産に関っていくことについて、改めて考えました。
私たちが今生きているのは、結局結果と結果のつながりで、出産場面でも膣からか、帝王切開かも、「結果」だと思います。たかえちゃんの、二人のお産の体験を読んで、その選択肢を選んだ経緯や、それによる結果の受け止め方に、自然に共感しました。助産婦として多くの出産に関るからこそ、全部の母親のあり方を認めたいと思う。そこから生まれた現時点での私の真実も、膣を通して産むだけが、全てではないという思いです。私は、むしろ母親がどんなお産をしても、そのお産を肯定的に捉えられるように関っていくことがその親子にとって、未来に繋がるものだと思います。


何だか、私の助産婦論みたいになってしまいましたが、たかえちゃんのブログを読んで、自分でもあやふやだった想いが、形に成りはじめました。

実際にちゃんと話せていないけど、またいつか繋がれることを楽しみにしています。
ありがとう。

きさき | 2010.09.29 01:50 | 編集
コメントどうもありがとう。
あの講演会以来、私は母としての自分について、色々な思いを馳せるようになりました。
あまりにも考え過ぎてしまう事もあり、こんなところに触れなければよかった。という気持ちになる事もあるほど。
でも、最後は「これでいいのだ!」というところに落ち着きます。
出産はいろんなスタートだった。
出産を通して、母という役割を通して、宇宙の真理を少しずつ理解をしていっているところです。
大げさなようですが、本当にそうだから。
そして、そんな機会をつくってくれたかごしまおんな塾のみなさんに心より感謝です。
きさきちゃんとも今度はゆっくり話したいです。
こっちに来るときは、ぜひ連絡して下さいね。

たかえ | 2010.10.02 10:13 | 編集
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