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08.09
Sat
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今の時代の日本最北端の島、礼文島。正面に見えるお山は利尻富士!
礼文島は佐藤家のルーツの一つで、住んでいた頃は木村姓を名のっていました。かつて栄えた松前藩に所属していた木村家は、幕末明治の戦争で敗れ礼文島に渡りました。漁船業で栄えましたが荒天候での漁船の一斉沈没で一般庶民に。その後ひいおばあちゃんの世代から札幌に出てきました。今や親戚関係がいるかどうかも分からない感じ。
15年程前東京にすんでいた頃、東京を離れるような気がしていてルーツ巡礼の旅へ、宮城県の鮎川と礼文島へお邪魔しました。キャンプ生活をしていて、当時人見知りも激しくほとんど人と話すことなく礼文の旅を終えようとしていた時、歩道やその周りのアスファルト一面に昆布を干している集落を歩いていたら、ふと隣りに同じ歩調で歩いている一人のおばあさんと話す機会を頂きました。木村家の経緯やこの旅の話しをしていたら、「その木村さんのお家って、今私が倉庫で使わせてもらってるんだよ!」と。その瞬間ガッツンと繋がりました。

シンクロや、ワンネスなどの言葉を知らない頃だったけど、なんという素晴らしいユニティーなんだろう!と、ご縁のあるライフスタイルを体感。
そして確実に自分のご先祖さまはここに住んでいたんだあ、と。
めっちゃ人見知りだったので、その時のご縁はそこで終わり。その頃の自分には十分すぎる出会いでした。
人はどんな所にも住むことができるし、その時その時で適している土地も変わるし、それは自分の選択でもある。祖先がこんな北にいたんだったら自分の代でずっと南に行っても面白い!と。北海道の人はアイヌ以外はもともと内地に住んでいた人で歴史はわずか200年弱。。土着のスピリットが根付いていないことも感じます。

そして、その3年後に屋久島とのご縁を頂き、今に至っています。

1カ月程前に出雲の隠岐の島にお邪魔しました。はじめて隠岐の島の写真を見た時に、なんて礼文島と似ているんだろうと思いました。礼文を感じたくて、花風の初夢を実現させたくてお参りにいった隠岐の島。

そして今回やみーちゃんからのご縁繫ぎのおかげで礼文島と再び繋がることができました。やみーちゃんとはクリスタルボウルのご縁でやはり京都のあるカフェでばったり出会え、その後屋久島リトリート合宿でご縁が深まりました。
fbの礼文島ウォールでやみーちゃんとコメントやりとりしていた方が、なんと木村さんだったのです!!また去年クリスタルボウルと屋久杉玉磨きのPVをつくってくれたともこちゃんは利尻で毎年音楽イベントをしている方でした。

また利尻礼文にお呼ばれされる日が近づいている気がします。
どんな新しい、そして古いご縁が繋がっていくのか楽しみ^^
あらためて、どうぞよろしくお願いします!!

※写真は礼文島に滞在中の米澤 結弥ちゃんからのシェアです。やみーちゃんありがとう!
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