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10.10
Thu
 (スウェットロッジin屋久島 その1)

 (スウェットロッジin屋久島 その2)

 (スウェットロッジin屋久島 その3)



スウェットロッジは祈りの儀式。
祈りを込めた赤いてるてる坊主を自分の上に吊るして、身近な人や身近なことを祈る。
また、知りたいことへの答えを求める。

スウェットロッジに入る前に、明確に頭に浮かべていた祈りの数々。
入る前は魂を込めて全身全霊で祈らせて頂く
という、気持ちだったのに、実際は途中まですっかり忘れていた。

途中でトイレに行きたくなり、私は一旦テントから出た。
本当は最後まで出ないで頑張ろうと思っていたけど、一度トイレに行きたいと思うと、その思いがずーっと頭から離れなくなり、それをリセットするためにも行った方がいいと思って外に出た。

外に出たら、まともな思考にもどるまでに結構時間がかかった。
どこでしたらいいのか迷ってしまってあちこちウロウロしたあげく、やっとここなら大丈夫という場所を見つけておしっこをした。

おしっこをした時、今まで感じたことないような肉体の感覚があった。
膀胱がどこにあり、どうやっておしっこが出ているのかが分かった。

人間の体ってすごいなぁ。
おしっこをしたい!と思ったら、トイレまで歩き、スカートをたくし上げ、下着を取り、しゃがみ。。。という一連の動きを何の迷いもなく滞りなくこなす。
私の体、ありがとう!これからは、もっともっと大切にするよ。と思った。

スッキリした私は、もう何も怖いことはないという気分で戻った。

が、戻ったとたんまたすぐに耐えきれない熱さにやられた。
けれど、最初とは明らかに違い、少し思考することが出来るようになっていた。

ここは子宮の中で、私は胎盤と繋がっている胎児なのだとイメージした。

胎児の私は安心と安全の中で幸せに包まれるはずなのに、幸せ感とはほど遠く、自分を責める気持ちばかりがわき上がってきた。
その攻める気持ちはどこからやってくるのか?

胎児となった自分が母から生まれ、成長し、今は二人の娘の母になっている。

両親と娘たちのことを考えた。

両親と私は考え方もいろんな面で違うし、両親を責めることもよくある。
でも、じゃあ両親のことが嫌いかと言えば全くそうではない。
大好きだ。

この大好きな感覚はどこから来ているのだろう?

両親が自分に与えてくれた無条件、無制限の愛の数々。
間違っていると思えるものもたくさんあるけど、いつでも私のことをかわいくてかわいくて仕方がない両親が、思いのままに、出来ることは全てしていてくれていたと感じた。

「お父さんとお母さんでたかえにしてあげたことを、俺らに返そうなんて思わなくてもいいよ。俺らのしたことで、うれしかったこと、幸せだと感じたことを、たかえは自分の子どもにしてあげな。俺は自分たちに返してもらいたくて、たかえにいろいろしてあげてるわけじゃない。たかえが将来、もし子どもに恵まれたときは、子どもに同じようにしてあげて。」

私がまだ両親の元で育てられていた時に、父がよく言っていた言葉を思い出した。
母もそんな父の言葉にうなずいていた。

でも、不思議なことに、私が子どもを生んでからは、一度も耳にしたことはなかった。
それに気づいた時に、両親がどれだけ私を信頼してくれているかが分かった。

よく、子どもへの接し方について、両親とは違う私のやり方を指摘され、そういうのはどうかと思うと言われる度に、私は必要以上に怒り、
「私には私のやり方がある。自分たちのやり方が正しいだなんて思わないで!」と自分の考えをぶつけてきた。
その度に私は、両親のように出来ない自分を責め、でも、私は私!という思いもより強くなり、苦しんでいた。

でも、その苦しみは全く自分自身の想念から生まれているだけで、両親は私を責めていないし、子ども達も私の両親と私を全く比較なんてしてない。
出来ないことばかりにフォーカスして、一人でいじけている自分の姿が見えた。
お笑いだと思った。

熱くて苦しい子宮の入り口から、外を見たら、そこはパラダイスのようだった。
子宮は熱くて苦しいけれど、確かに守られている。
外の世界は、たくさんの自然があって、涼しい風がそよいでいて、体をのびのびさせて自由に駆け巡れる十分な広さがある。
ただし、放射能やら、農薬やら、武器やら、暴力やら。。。様々な危険も同時に存在する。

だから何?
外はパラダイスだ。
子宮にいるよりも、外のパラダイスへようこそ!と、私は子ども達を満面の笑みで、自信をもって迎えたいと思った。

私が両親にしてもらったように、私は私の理想とするパラダイスを一生懸命創造していこうと誓った。

命の循環。愛の循環。

私に二人の娘と出会わせてくれたナオヤ、ナオヤを生んで育ててくれた北海道の両親、おじいちゃん、おばあちゃん。
延々と続く広ーい北海道の大地が浮かんだ。

この循環の輪を家族にとどめるのではなく、さらに大きく大きくと思った。

感謝と愛が、わき上がってくるままに祈った。

思い浮かんでくる人、一人一人が愛に囲まれ、自分らしく、リラックスして日々過ごすことが出来ますようにと。
一緒にここで耐えている一人一人の苦しみが和らぎますように。

今まで出会ってきたたくさんの人の顔が浮かんだ。
あまりにもたくさんの人が走馬灯のように浮かぶから、もしかして死ぬんじゃないかとも思った。
でも、絶対生きて出て、この思いを表明しなきゃと思った。

ふらふらの胎児の私はそんな強い決意を抱きながらも、とてつもない眠気に襲われはじめた。

(つづく)

知床1 047
  1歳になる前のカフウをつれて、北海道の両親と義理の妹と知床へ行った。
  お父さんがずーっと嬉しそうにカフウを抱っこして歩いていたなぁ。

次くらいでまとまるかな?
分かりません。。。

たかえ


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コメント
お父さんとナオヤ君似てる~~!!そしてお母さんとかふうちゃんも似てる!!たかえちゃんにも似てるけどばあちゃんに似てるよ~
しかし、わっかいね~♪素敵な写真だわ
志戸子のちえ | 2013.10.10 22:17 | 編集
お父さんとナオヤは誰もが認めるそっくりさんだけど、カフウがお母さん似は、初めて言われたかも。でも、そういわれて見ると、確かに似てるね〜!DNA、受け継がれてるね。
それにしても、若いよね〜。ずいぶんと長い道のりを感じるね(笑)
屋久島「カイホー屋」たかえ | 2013.10.11 09:06 | 編集
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