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02.23
Sat
本が大好きで、暇さえあれば本を読んでいるカフウ。
学校で一番楽しいことは?って聞くと「図書室で本を読むこと!卒業するまでに全部の本を読みたい!!」って言う程の本好き。

私も子どもの頃、本が大好きでした。
ありとあらゆる本を読みましたが、一番好きだったのは小説。
いろんな登場人物に感情移入しながら読んでいたのを思い出します。

そんな私は、国語の授業が大好きでした。
文法や、文字に興味があったわけではなく、登場人物や、筆者の意図を理解していく学習が楽しくって、得意でした。
国語だけは、全く勉強に取り組まなくても常に成績も良かったのです。

ある日、翌日の学校の準備をしているカフウが
「あーあ、また国語ばっかだよ!国語なんて、ぜーんぜん面白くないから、国語がある日は学校休みたいくらいなんだよね。」
と言うので、
「国語はいろんなお話しを読めて楽しいじゃん。母さんは国語大好きだったけどね。」
と返事をしたら、
「国語は同じ文章を何度も何度も読んで、おまけに「誰々はこのときどういう気持ちだったでしょうか?」なんて、分かるわけもないこと聞いたりして、本当に意味が分かんない。人の気持ちなんか分かるわけないのに、どうしてそんな問題出すんだろう?」
と言うのです。

たまたま学校で学習相談というものがあったので、担任の先生にこのことを話してみました。

そして、このカフウの発言から、先生もカフウの態度でいろいろ理解できないところがあったようですが、なるほどなぁって思うことがいろいろあったようです。

例えば、共感性を養うというのも学校教育の一つにあるようですが、そういったものを求める質問、発表の際になるとパタッとカフウが手を挙げなくなるそうなのです。

友達との接し方の中でもズバリと指摘することがあるようで、「それは、言われた方がどんな気持ちになるかな?もしカフウさんが同じことを友達から言われたら、イヤな気持ちがするでしょう?」と聞くと
「いいえ、私はイヤな気持ちになりません。」と言うのだそうです。

これだけ聞くと、大丈夫かな?って気持ちになるのですが、先生はもっと違った視点でもカフウのことを見てくれていました。

カフウは先生も見てなかったようないろんな人のいろんな面を見ていて、友達を褒めたりすることもとても多かったり、逆に何か問題があるような時は、客観的にその問題を見て、「私は◯◯だと思います。」とはっきり意見を言うことも多く、すごく助かると言っていました。
だから、共感性が欠けているというよりも、自分とは違う視点で物事を見ているなと感じるとのことでした。

私がカフウを見ていても、共感性に欠けてるとは思えないのです。
今日もビーチクリーンに行った時も「発泡スチロールはカメが何かと間違えて食べちゃって可哀想だから、小さいもの程私は拾うの!小さい方が間違えちゃいそうだもん。」と言って、一生懸命小さな発泡スチロールの欠片を拾っていました。

先生とカフウの話しをしている時に、カフウのことなのに、まるでナオヤの話ししてるんだっけ?って思える程、カフウとナオヤが似ているなと感じました。

私はいろんなことに対してすぐに私以外の誰かの気持ちを考えてしまいます。
ナオヤは私に「何で、たかえは◯◯でもないのに、勝手に気持ちを想像してるの?そんなのたかえの想像でしかないよ。」と言います。

いろんな状況において、誰かの気持ちになって考えるということは私にとっては当たり前のことであるし、自然な流れで起こることです。

でも、それが果たして本当にその人の気持ちなのかどうなのか?
この正解を私はほとんど知りません。
ただ、常に想像でしかありませんが、そこから発生する私の行動には私なりの思いやりの気持ちがあります。

誰かの気持ちになって考えるのは大事なことだと思いますが、誰かの気持ちを問題にして、それに正解、不正解というのも確かにおかしな話しかもしれません。

それと同じで、筆者の意図というのも、本当の意図なんて筆者にしか分かりません。

例えば、テレビアニメのシリーズ物とか、シーズンごとに新しいものに変化します。
バージョンチェンジするのは、新商品を売るためという話しを聞くこともあります。
それを承知で作家はストーリーを書くけど、それでも作家は作品を通して伝えたいことを伝えていたりするかもしれません。

答えは誰にも分からないのです。

先生にカフウの国語に対する気持ちを伝えたところ、
「国語教育の根幹に関わる意見ですね。。」と言っていました。

ナオヤにも話したら、
「うわぁ〜!オレも子どもの頃、全く同じことを考えてたよ。でも、口に出して言ったことはなかったけどね。」びっくりしてました。


行動を起こすとき、誰かの立場になってより、自分の愛に基づき行動をするのが一番ストレート。

愛の中には人それぞれの思いやりが入っています。
でも、どんな感情、思考からそのような行動に至っているのかは、その人にしか分かりません。

分かった方がいいのか、分からないままでもいいのかはどっちなんでしょうね?
まぁ、そんなものどっちがいいかというのも全て最後まで分からないのですし。


言葉での理解というのは限界があると思います。
いろんな言葉に対して、一人一人の概念、捉え方はそれぞれだから。

ナオヤと話していると、時々私にとっては話しがポンと飛んでどうしてその話題になったのかが分からない時があります。
ある日そんなナオヤに「ナオヤは話しが飛び過ぎて、何が言いたいかよく分んないよ!もっと、言葉で詳しく説明してくれないと、風が吹いたら桶屋がもうかるみたいなもんで、さっぱり分かんないね。」って言ったら、

「コミュニケーションを言葉でしてると思わない方がいいよ。本当はコミュニケーションって、もっとテレパシー的な部分でしてるんだって思う時があるよ。言葉でコミュニケーションしてるなんて幻想なのかもしれないよ。」と言った。

実際、ハネイは3歳半までほとんど言葉を発しなかったけど、ハネイが使っていたたった3つぐらいの助動詞で、全てを表現して、私たちもそれなりに理解してコミュニケーションをしていた。
 (何かをしたという時は、「た〜」 まだの時や、否定の時は「てん」 して欲しい時、したい時「て〜」等)
これは、言葉以外の部分でコミュニケーションをしているってことの何よりの証拠だと思います。


いろんな人がいて成り立っているこの社会。
正解とか不正解とかないですね。

私はついつい、これこそ正義だ!と、自分の考えに対して思って行動したりしてしまいます。

こういうことにハッと気づくと、そんな正義感に笑っちゃいますが、そんな私にナオヤもカフウもハネイも「たかえ!がんばってね!どんどんやっていいよ〜!!」って言ってくれます。

そんなカフウは「ママはおばさんじゃないけど、太ってるね!」と明るく言い、
「ひどいこと言うよね!」と私がプリプリすると、
「だって、ホントのことでしょ!!でも、ママは世界で一番美人だと思う!!」と言うカフウを見て、おかしくてたまらなさそうに、ニヤニヤと笑うナオヤ。

まぁ、いいか!と思います。

カフウ学校


たかえ
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コメント
ヒトの気持ちはわからない。でもその人のことをもっと知りたい、一緒にいたいと思えば、その人をただ通り過ぎるだけのわからないものにはしておきたくない。
何をどう感じているのか聴いてみたい。
人を愛するってそういうかかわりなんだと思う。
なにもいわないハネイちゃんをただ興味もなくスルーすれば
彼女との関係は「無関心」
気持ちはわからないけど
どんな気持ちだろうと、関心を持て寄り添えるから
ハネイちゃんの言いたいことがわかる。

やっぱり自分とほかへの関心が関係を生んでテレパシーも通じるんだと思う。
それは思いやりなのかもしれない。
自分の投影と思いやりは紙一重。
かわいそうな雰囲気のひとをかわいそうと決め付ける
自分の投影をしてしまいがちな人は、もっと自分に関心を持ってあげたほうがいいとは感じる。でもそのひとはただおせっかいの一人よがりかといえば大違いで他に関心が大きい分、方向さえ間違わなければ、思いやることのできるエネルギーも大きい、愛の人なのだと思う。
ひのみ♪ | 2013.02.24 12:20 | 編集
コメントありがとうございます。

興味を持つことって、コミュニケーションの第一歩ですよね。
テレパシーも関心を持っているものどうしの方がより微細に伝わりそう。
対人間だけじゃなく、植物に対しても、関心を持って見るといろいろ見えてきて、伝わってくるものもありますよね。
私は植物に時々ふと目がいって、じーっと観察モードになる時がありますが、見てるものの表面じゃなく、そのものがそのように存在していることの奥深さにジーンとなることもあります。
このとき私とその植物は確かに言葉じゃないコミュニケーションをしているんだなと思います。

一人一人違う思いやり、愛の表現があって、それを感じられる今ここの奇跡。
話してみないと分からなかったりすることも多かったりするけど、分からなくても、いろんなことを感じられること自体がとても幸せだなと思えます(調子がいい時は)。
イライラしていたり、怒りに満ちている時は、そういった思いが薄れるので、感情ってすごいなって思います。
たかえ | 2013.02.25 10:52 | 編集
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