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02.21
Thu
2週間ちょっと、ナオヤのツアーに同行して、屋久島に戻ってきてから気づけば1週間以上たちました。

ここで日々暮らしていると、ある一定のリズムがあって、その中にいろんな出来事が散りばめられています。
でも、旅に出ると、場所場所で違うバイブレーション、リズムもいろいろです。

旅に出るといろんなカタチの容器に合わせてく感じ。
容器はいろいろだけど、入ってる私は一緒。

屋久島に戻ってきて、ここにはここの容器があったはずなのに、すっかり忘れちゃっていました。

ツアー中は、食事をはじめ、いろんなことで皆さんにお世話になりっぱなしで、誰かが作ってくれた容器、それはまるでぬくぬくと暖かいお風呂に入らせて頂いてる感じで、自分ってどうやって毎日暮らしていたんだっけ?って感じ。

帰ってきてしばらくはただ放心。
あ、お米炊かなきゃ!
あの仕事、どうなってたんだっけ?等々。

そんな中、ナオヤが着々といろんなことをこなして行く姿を横目で見ていて
「ねぇ、ツアーから帰ってきて、どのくらいでもとに戻る?いつも帰ってきてからどうしてんの?」って聞いたら
「さぁ?夏はいろんな気候があり過ぎて結構しんどいけどね。だから気候に自分を合わせるために1週間!」という答えでした。

「でもさぁ、ナオヤはどんどん仕事してるじゃん。」
「だって、やんなきゃ終わんないよ。」
「よくそんなに動けるね。。」
「。。。たかえがぼーっとしすぎなんだよ。ツアー中でもいっぱい寝てるし。おれはツアー中はすぐ目が覚めちゃうよ!ま、その変わらなさがたかえだね。」

誰かがご飯を作ってくれるわけでもなく、結局私が作らなくてはご飯は食べれないという当たり前のことに徐々に気づきやりはじめたのだけど、ちゃんとご飯に間に合う時間に作れるようになってきたのが、やっと昨日辺りから。

なんだかぼーっと宙ぶらりんな精神状態でいた。

でも、おかげで気づいたことがいっぱいあった。

いわゆるニュートラルな感覚。
それは、旅中でも、日常でもなく、その境目にある時に見えてくる自分。

この自分に焦点を合わせて1週間暮らしてみました。

知ってたけど、あえて知らないふりをしていた自分を感じてみました。

自分でも好きだなぁって思う部分。
自分で大きくダメ出ししたくなる部分。
でも、そういうのは表面的なもので、ゆるぎない「私」がある。
それは、いいとか、ダメとかを超えた部分。
超えてるというか、全てを含んでいるんだけど。

そこには時間も含まれているのです。

揺るぎない私はただいるだけでいい。

屋久島の容器はまたこの発見をふまえてカタチが出来ていくんだろうな。
それは別にいつどう変わったっていいものだし、気楽に一番リラックスできるカタチに。

本当は作んなくっていいんだけど、私は基本的にだらだらしてしまうので、ある程度作る方が過ごしやすいというのではと判断。
作ることによって、また自分にダメ出ししたりするんだろうけど、それもお笑いのボケとツッコミのようなもので、自分でボケて自分でツッこむという一種の芸のようなものだと思えばいいかな。

最後になりましたが、旅中、出会った皆様のお陰で本当に楽しい日々でした。
皆様の暖かさにどっぷり甘え、ふにゃふにゃになってましたが、少しぴしっとしてきました。
何から何まで、ありがとうございました!
またお会いする時を楽しみにしています。

田んぼ苗床作り2013
     我が家の田んぼ 後ろに見えるのは永田岳!


たかえ



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