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08.27
Sat
キクを偲んで、「菊ちゃん祭り」が行われた。


キクとの出会いは2010年の旧暦の正月だった。

その日私は朝からごちそうを作った。
朝は大抵ご飯と納豆とちょっとしたおかずというのが定番なのに、張り切って台所に立ち、たくさんの料理を作った。

そのうちナオヤが突然「水汲みに行く」と言い出し、子どもたちを連れて登山道入り口の水汲み場へ出かけていった。
午前中で、やることがいっぱいあるのに、そういったことを全てほっぽり出して出かけていった。

ナオヤが水を汲んでいると、登山口から一人の男の人が出てきた。それがキクだった。

キクとナオヤはこの時初めて会ったのだけど、二人ともどこかで会っていたような感覚をお互いに感じたようで、ごくごく自然にどちらからともなく話しかけたのだそう。

私が料理をすっかり作り終え、お皿を並べたら、ナオヤが一人のひょろっと痩せて、目がキラキラしてる男の人を連れて帰ってきた。
私は「この人のために今日のごちそうを作っていたんだ。」と思った。

みんなでお昼ご飯を食べた。

キクは山帰りでおなかがぺこぺこだったようで、どれもこれも「おいしい、おいしい!」と食べていた。
基本的には肉や魚を食べないと言っていたが、イワシを丸ごと煮たものを「今日は食べたいな。」と言って、骨ごと美味しそうに食べてくれた。
キクの優しさを感じた。

そして10分もしないうちに私たちはとても深い話をしていた。
お互い「なんなんだろうね。さっき会ったばかりだよね。」と笑いながら、自然から得られるパワーとか、家族とは、友達とは。。。などと永遠と会話をした。
キクは旅をしてきて感じたこと、喜び、疑問に思っていること、キクの経験を通して知った真実を語った。
そして、そういう感じてきたことを、ここ屋久島で実践していきたいと言った。

話が進むにつれ、共通の友人がいることもわかったりして、この出会いに感謝した。

それ以降、時々会うようになった。



「菊ちゃん祭り」はキクの住んでいた天然村で行われた。

キクの同級生で、今は熊本のお寺の住職さんのお経から始まった。
みんなキクの祭壇の前に思い思いに座り、お経を聞いた。
天然村のホールに読経の声が響き渡っていた。

お経が終わると、住職さんの話があった。
「みんな完璧なタイミングで逝くのです。残された私たちは、彼の死を早すぎると思ってしまうけど、彼にとっては完璧だったのです。」
そうかもしれないな、と思った。
あれこれ言うのは私たち残っている方の思惑でしかないのかもと。
死んだらどうなるのか、誰も知らないのだ。

そしてキクの住居であった、ティピへ移動した。
ティピの前には50人以上の人が集っていた。
そして、さらにどんどん人が集ってきた。

キクのティピは田んぼの目の前に立っている。

田んぼのお米は順調に育っていて、すごくきれいな美しい田んぼ。
淡い黄緑の稲が、夕暮れの中ですーっと立っていて、風でそよそよ揺れていた。

ティピの中に入って、そこから田んぼを見てみた。
ここに座って、この景色を毎日見ていたんだ。
きれいな場所だね。

ティピの中。いろり、食器、たたみ、やかん、キクのいろんなものをじーっと見た。
使い込まれていて、いい味を出している道具たち。

「キクはここから毎日朝日を見てたんだよ。朝日が見たくて、東向きに立てたんだよ。」と誰かが言った。

ティピの中でナオヤのクリスタルボウルが鳴り、奉納ライブが始まった。

ティピの中から虫丸さんの手が出てきた。
キクがティピの中からみんなに手を振っているようだった。

ちょうど1ヶ月くらい前、キクがうちに遊びに来た。
ナオヤはクリスタルボウルを演奏した。
演奏が終わってしばらくするとキクは起き上がって「最高だね!ナーヤありがとな。」と大きなハグをした。

その時のことを思い出した。

虫丸さんの踊りはその場にいるみんなの気持ちを表現しているようだった。
何度も何度も抱きしめる動作をしていた。
強く、やさしく、大っきく、高く、低く、何度も何度もそこの空間を抱きしめていた。
ハグ。

子どもたちが時々太鼓を叩いて間の手を入れてくれた。

鈴が鳴り、静寂の後、突然ホラ貝が鳴り響いた。
ずっと溜め込んでいた涙がこぼれ落ちた。

ハネイが空を見て、「きくぅ」と言った。
ハネイは葬儀場で、最後の出棺の時に突然泣き出した。
ずっと何もわかってなさそうに過ごしていたのに、大泣きしながら、しゃくり上げ、本当に悲しそうだった。

キクが川で事故に会った日の夕方、うちに屋久島緊急ダイヤルから「何かありましたか?」と電話がかかってきた。
びっくりして、「何もありません。どうしてうちに電話をしてきたんですか?」と聞くと
「そちらから電話があったので、何かあったかと思ってかけ直したんです。」
「いえ、多分子どもがいたずらして、間違えてかけてしまったんだと思います。お騒がせして申し訳ありません。」
ということがあった。

電話はハネイがかけたようだった。
ハネイはわかっていたんだね。


キクのティピの場所でのライブ。みんな思い思いに過ごした。
楽器を鳴らしたり、踊ったり、写真を撮ったり、座り込んでじーっとしてる人も。
みんなキクのことを考えてるのが分かった。

外はいつの間にか暗くなっていて、ティピの中の囲炉裏の火が明るく見えた。

暗闇の中でもキクの田んぼの稲は光りながらそよそよ揺れていた。

こうゆう風景を見ながら毎日過ごしていたんだね。

キクは時々うちに遊びに来た。
しばらく過ごすうちに、暗くなってくると「そろそろ行こうかな。」と帰り支度をはじめる。
「夕飯食べてけば?泊まっていってよ。」と言うと、
「でも、畑も田んぼも気になるから、行くよ!」と、大抵は帰っていった。

自給自足をしたいと言っていたキク。
「自分の体をつくる食べ物を、自分で愛情込めて育てたい。」
「遊びに来た人が、オレの作った野菜を食べて、元気になったらいいよね。何も言わなくても、食べればわかるっていうのがいいな。」

そして、子どもたちを本当にかわいがってくれた。

キクの写真を探してたら、何枚か出てきた。
全部笑顔の写真だった。
そして、その笑っている目線の先には大抵子どもがいた。

子どもが大好きで、いつもキク自身が子どものように遊んでいた。

私が以前子どものことで悩んで落ち込んでいた時、キクがずっと話を聞いてくれたことがある。

その日は20人以上が誕生日祝いで集っていて、みんな大騒ぎだった。
騒ぎすぎて、ちょっと疲れてしまい、誰にも見つからないように、そっと外に出て行った。
すると、すぐにキクが来て、「どうしたの?」と。
私は半べそになりながらいろいろ愚痴ををこぼしたり、不安をぶちまけたりした。

キクは2時間くらい、ずーっと私に付き合ってくれた。
いろんな話をした。

「いいな。おれは女の人がホントうらやましいよ。出産体験してみたいな。たかえちゃんは自分の体の中で、子どもを育て、産んだ。そして、今もこうして子どもたちのことで真剣にいろいろ考えて生きてる。そんな経験ができる女性というものがうらやましいな!」とキクが言った。

子ども、家族というものをとても欲していたように思う。
それを天然村でやりたい。天然村の仲間と家族になりたい。大きな地球家族を作っていきたい。と言っていた。
そして、天然村の仲間たちのことを話してる時、「うれしくて涙が出る。」と言って泣いていた。

キクの遺影の前でキクの友達と話をしていたら、
「たかえさんとなーやさん家族の話をキクからよく聞きました。「あの家族が大好きなんだ。」って。」



私たちは地球家族だよ。ずっとね。ありがとう。
キクギャザリング3



キクが亡くなった4日後、夜中に湯泊に行った。

屋久島でのキクはずっとずっといい感じだったわけじゃないと思う。
悩んでいたときもあった。
今になれば、あの時もっと踏み込んでキクと話せばよかったと思うこともある。

いつも私は力をもらうばかりで、力にはなれなかったように思う。

そんなことを色々考えながら、橋の上で祈っていたら、肩をポーンと叩かれた。
「全部知ってるよ。そのままでいいんだよ。もがけ!もがけ!それすら美しいんだよ。それでいい。」
キクはくっしゃくしゃの笑顔だった。肩を叩いたのはキクだね。

その瞬間、やわらかいけど、強い風が吹いた。

一緒にいたナオヤもマリオちゃんも同時に「キクだ!」と言った。

森の中に赤い光が点滅し、その光が蛇行しながら登っていった。
そして、その赤い光は山の谷間で光っている星へ向かってゆっくり吸い込まれていった。

その星はその日の夜空の中で、一番輝いていた。

赤い光が消えた後、私たちは「キク~!」「キク~!」と大声で叫んだ。

その星がピカピカピカピカ瞬いて、まるで返事をしてくれているかのようだった。

星になったんだねキク。

後で、キクの日記のことを知った。
最後の日記には「世界はありのままで美しい。」と書いてあったよう。

私が橋の上で受け取ったメッセージそのままだった。


菊ちゃん祭りは100人以上の人が来た。
一体何人の人が来たのか?
入れ替わり立ち替わり、次々と人が来たから200人とか300人とかかもしれない。

島外からもたくさんの人が来た。

来れない人からの弔電や手紙もいっぱい届いていた。
たくさんの人から、慕われて、愛されている。みんな本当に寂しがってた。

キクのお兄さんと妹さんは
「あいつに何度も屋久島に来いって誘われた。ついに来たぞ!呼んでくれてありがとうな。」
「あいつにこんなにたくさんの人がお別れを言いに来てくれた。兄として本当にうれしい。」
「お兄ちゃんはいつも師匠で、私は弟子だった。最後まで鍛えさせられるなぁ。」
「お兄ちゃんには、いっぱい家族がいるね。」
と言っていた。

とても仲のよい兄弟。
おまけに顔や声、笑い方、ちょっとした仕草等が似ていて、まるで目の前にキクがいるような気になってしまう。

いろんな料理がテーブルいっぱいに並んでいて、どれもこれも美味しかった。
おいしい料理を食べながら、いろんな話をした。

途中、キクのパソコンに残っていた、キクの旅の記録写真の上映会や、キクが習っていた太極拳の映像を見たりした。

映像を見ると、何とも言えない気分になった。
みんなじーっと見入ってた。

キクが失敗したりするシーンではみんな笑っていた。
その笑い声がみんなの救いになっているような気がした。

生と死。
いつも隣同士にあるけれど、全く違う状態。
生命というものの得体の知れなさ。

キクの死がもたらしたもの。

菊ちゃん祭りの帰り道、虫丸さんが
「今日のギャザリングは素晴らしかったなぁ。スピリチュアルでアートだった。生命力あふれる屋久島でのこのギャザリングは、これを経験した人全てに、これからの方向性を感じさせたんじゃないかな?宇宙的なギャザリングだったと思わないか?まさに、キクが最後に残したんだなぁ。」と言った。


キクのことを書こうと思ったのは、いろんな人とキクのことを話すうちに、私の知ってるキクを残しておこうと思ったから。そして、キクのことを知りたい人に教えてあげたいと思った。


時々、目の奥がじーんと痛くなって、胸がギューンとなって、こみ上げてくるものがある。
どうしていいかわからないけど、泣くしかないのだ。
そしてこの現実を受け止める。
日常生活に感謝せざる得ない。
物事はただただ起こっているだけなのだということを、うっすら感じる。
心をハートを開いて、いろんなことを感じていく。

ありがとう。ありがとう。ありがとう。キク!大好きだよ!!
キクギャザリング


たかえ

屋久島のキク/菊盛和博さんのことを知りたい人に、届いてくれたらうれしいです。

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コメント
まだ、こっちの世界では逢っていなかったと思うけど
たぶん随分前から知り合っていたのだろう。

たくさんの共通の友人がいる。

地球では、ニアミスだったね~。

菊ちゃん、どっかの次元でまた逢おう!

ZAKMOON | 2011.08.27 10:39 | 編集
沢での事故のはなしを聞いたときに、わたしは名前も聞いたことのない人だったのに、とても気になっていました。
後でなおちゃんのブログでキクさんの写真を見て、いつも犬を連れてたやさしい笑顔の人だ!と気がつきました。
みんなの話からキクさんがどれだけ大きな人かわかります。たかえさんの日記も読めてよかった。
わたしも18のときに付き合っている彼を亡くして、どうして、どうしてと思っていたけど、人の人生は長い短いではないことをわたしは知りました。
キクさん、ちゃんとお話してみたかったな。これからは屋久島でいろいろな人とちゃんと話してみようと思います!!
とりこ | 2011.08.27 11:07 | 編集
なおや、たかえちゃん、こんにちは☆
キクちゃん祭り、極楽様でした☆
僕は遭難の3日前の満月の日に一緒に遊んでたんだよね。
みんなで大川の滝の下のビーチでキャンプ。
キクは本当に楽しそうに歌っていた。
僕はそれをみて、幸せだなあ、最高だなあって思ってたんだよね。
キクが光になってから、そのシーンがループで流れてる。
ボーレーナー、ボーレーナー♪
同い年で、お互い同じ次元で話ができる親友に、
会えない寂しさだけがまだ残ってる。
ありがとう!、ありがとう!、ありがとう!☆
でも、キクの波動はいつだって感じることができる。
宇宙の一部として、みんなを導いてくれる。
見守ってくれてる。
本当に出会えて、良かった☆
また違う次元で、再会出来るのを楽しみにしてる。
一瞬、一瞬を大事に、生きていきたいと改めて思った☆

よし、パーティするぞ!
みんなで踊り明かそう!
コーイチ | 2011.08.27 12:04 | 編集
きっと、ZAKMOON さんともどっかの次元で確実に会ってると思います。
私たちもはじめて会った時、「やぁ!久しぶり!!」って感じでした。
これからも、キクを通して知り合った人と繋がっていきます。
屋久島の「カイホー屋」たかえ | 2011.08.27 13:13 | 編集
トリコちゃんもすごい経験をしてきたんだね。
そして、今があるって素晴らしいね。
キクにはほんと、感謝!でいっぱい。
みんなに愛されて飛び立っていったキクだったよ。

私もいろんな出会いをもっともっと大切にしていきたいと思います。
トリコちゃん、これからもよろしくね。
屋久島の「カイホー屋」たかえ | 2011.08.27 13:17 | 編集
こーちゃん、ありがとう。

そうだね、私も今はいろんなシーンがループしてる。
寂しいよね。
でもその思い出があるのが幸せだと思う。
キクがここ最近すごくいい顔してたって、みんなが言ってた。
いろんなことを乗り越えたんだろうね。
そういういい顔してたキクに会えた私たち。
出会ってくれてありがとう。
大切に大切に今を生きていきたい。

また遊ぼう!
楽しく愉快に遊ぼうねぇ!
屋久島の「カイホー屋」たかえ | 2011.08.27 13:23 | 編集
きくさんに 会いたかったな~

今日たかえさんの日記を 何気なく読んでたら

今の悩み事に どんと来ました

そして 涙が でて

すっきりしました

もがく もがく

それすら 美しい

そっか~そうだな~

おもわず 友人に 読んでみてとメールしちゃった

ありがとう たかえさん

ありかとう きくさん
miyagon | 2011.08.28 13:05 | 編集
おれ2年前に山水人でキクちゃんに会ったことがあったんだ。その時もきくちゃんティピに寝ててさ、おれの友達のメキシコ人がキクちゃんと屋久島の日食で一緒になって山水人にヒッチで来てて、その縁でおれもきくちゃんたちのティピで遊んでたんだよね。だからびっくりしたわ。うん。生と死ってすごいよね。きっと星になってるね、今。キクちゃんありがとう。たぶんそのメキシコ人のルーって友達も今屋久島にいるはずなんだけど会った?彼ももし出会ったらソウルファミリーだからぜひがっつりつながってほしいな。
ゆういちろう | 2011.08.28 23:36 | 編集
miyagonさんにもキクのメッセージが届いたんだね。
物質を持たないエネルギーとなった存在は時空を超えるんですね。
きっと、そういうものがあらゆるところにあって、みんなキャッチしている。
ただそれに気づかないだけなのかもしれないですね。

ただ一つの真実を、みんな生きていて、それを一人一人がそれぞれの捉え方をしている「今」というこの瞬間。

全てがそのままで美しいんですね。

ありがとう。
屋久島の「カイホー屋」たかえ | 2011.08.29 10:20 | 編集
やっぱり会ってたんだ!
何となくそんな気がしてた。

生と死ってセットだけど、すごい違いがある。
それを今回目の前に突きつけられたよ。

メキシコ人のルーさんたちはこのことを知らないまま、山に行ってしまったとのこと。
もう下りてきてるかな?
屋久島の「カイホー屋」たかえ | 2011.08.29 10:26 | 編集
うん。そうだよね。近い人の死は周りに色んなものを残していってくれるよね。ありがとう!そっちでも楽しんで!!って感じだよね。

ルーのこともう知ってたんだね。実はルーが日本に入る前に8月に屋久島で遊ぼう!ってすごく誘われててさ。けどタイミング合わなかったんだけど、きくちゃんに会いに行きたいんだけどなーって言ってたんだよね。で、おれが何度も話してるからなおやくんとたかえさんのことも覚えてて、会いたいって言ってたの。日食の時も一緒に佐藤家の前を歩いてよっこに行ったんだよね。今度ルーから連絡来た時に2人の連絡先を伝えようかなって思ってたんだ。もしまた会う機会があったらぜひ楽しい時間をすごしてみてよ。ルーとはすごく深いところで繋がってて兄弟みたいなもんでさ。超いいやつなのよ。まあ、きっとこの話を聞いたらすっげえショックだろうなー。合掌だね。
ゆういちろう | 2011.08.29 11:17 | 編集
まだそのルーさん?!は会ってないんだよね。
ずっと山に行ってるらしいよ。
屋久島の「カイホー屋」 | 2011.08.29 23:21 | 編集
大阪からキクのお別れ会へ参加した夫婦です。
ネットでこちらのブログを見つけました。

ブログ拝見して・・・・そうだったんだと・・・・

そんなたかえさんと、天然村でお話させて頂きたかったっす・・・


キクファミリーとしてまたお会い出来た時にはゆっくりお話させてくださいね

では
ヤマグチタカシ | 2011.08.31 01:28 | 編集
こんにちは。
あの日いろいろな方とお話をして、私の知らないキクをいっぱい知れて、それが私には癒しになったのです。
いろんな人の中に居続けるキクを感じて、とても落ち着きました。
ヤマグチさんたちとお話しできなくて、残念でした。
もっといろいろ知りたいです。
このブログを書いて、いろんな方からメールや電話をもらって、キクが残していってくれたものを知ることができました。
いろんな人がいろんな形で力をもらってたんだなぁと、改めてキクの大きさを感じてます。
いつかお会いしたいとおもっています。
その時はよろしくお願いします。
屋久島の「カイホー屋」 | 2011.08.31 09:02 | 編集
たかえさん、なおやさん、お会いできて本当にうれしかったです。そして、本当に、ほんとうにお世話になりました。屋久島を離れるとき、兄ちゃんともいよいよお別れのような気がして、涙が止まりませんでした。

兄ちゃんの仲間に支えられたこと、慰められたこと・・、絶対に忘れません。

また、必ずお会いしたいです。本当にありがとうございました。

キクの妹、ひろこより | 2011.09.01 19:23 | 編集
こちらこそ、あの日あの場でお会いできて本当によかったです。
キクの話をいっぱい聞けてうれしかったです。
大学生の時の自転車の話、結婚式の話、小さい頃の話、そういう話を聞けて、いろんなことが繋がりました。
そして、この記事を読んだ方から、キクへのいろんな思いを聞かせていただいたりしました。
またそういうこともひろこさんへ伝えたいです。
よかったら、連絡先教えて下さい。
kaiho-ya@happy.odn.ne.jpです。

キクが結んでくれたこの縁、大事にしていきたいですね。
必ずまたお会いしましょう!

ありがとう!!
3人のご兄弟妹に感謝です。
屋久島の「カイホー屋」たかえ | 2011.09.01 20:28 | 編集
たかえさん、素敵なちゃん祭をどうもありがとうございます!
はじめまして…。

先週金曜日早朝にきくが亡くなったのを遅ばせながら初めて知り、とにかくビックリし、嘘であって欲しいと思いながら、少しでも情報、屋久島のきくの事を知りたいと思い、このサイトに辿り着けました。

ありがとう!私の知るきくのままだという事が伝わってきました。

私は2003年5月にオーストラリアのアデレードのバックパッカーできくと出会いました。

そしてエアーズロックに行くために一緒に旅をしました。

旅の途中に、きくのご家族のお話も沢山聞きました。

エアーズロックに到着する前日、私たちはキャンプファイヤーを囲みながらきくが奏でるディジュリドゥをBGMに、そしてファイヤーが消えてからは星を眺めながらそのまま寝て…。
今まで見たことのない満天の星空、地平線の彼方まで、視界に入る全てが星…天の川ですら掻き消す様な夜空のパノラマ、雨の様に流れていく数々の流れ星を見ながら眠りに着きました。

あれから、私も30ヶ国程を旅しましたが、きく達と過ごした、その星空以上のものは残念ながら見る事は出来ませんでした。

きくが2005年、春に京都の鞍馬に出掛けた際、私も実家のある京都にいましたので、久々の再会を果たしました。
その時、私は妊娠していましたから、きくは私をサポートしてくれながら、京都のお寺等数ヶ所を廻りました。
天井に龍の描かれているお寺で、きくは
『僕は背中に鳳凰の入れ墨をしたんだ』
と教えてくれました。

そして、私は息子に龍という文字を使った名前を付けました。

2007年、きくが里帰り?出稼ぎ?(笑)をする為に日本、富山に帰国した際には、私の自宅がある宇都宮にも来て、2歳の息子と遊びながら、持って来たギターを弾いて歌ってくれたのです。

息子には
『立派な人になるよ!』
と言ってくれ、私は
『将来、きくと一緒に旅をする様な人になって欲しいねん』
と言ってたのが懐かしいです。

そして、2009年、二人目の子供が生まれ、名前を鳳凰の凰を使いました。
きくに断りのメールを入れたら、スゴク喜んでくれたので、私もホントに嬉しかった…。

子供達二人には、きくの様に『今』『ここで』を目一杯楽しめる様な…最期の瞬間まで幸せと感じられる様な人生を歩んで欲しい…との思いがあったんです。

今、私は北海道の伊達市にある共同体 ひびきの村にいます。
ここで人智学を学ぶ為にミカエルカレッジで勉強しています。
子供2人も一緒です。

ここに来る前、2月に、屋久島の天然村に行こうか、ひびきの村に行こうか迷い、2度、きくと電話で話しました。結局、ひびきの村に来ると決断しましたが、後々にはここでの学びと子供達を共にして天然村への移住も考えていました。
その時の電話が、きくとの最後の会話でした。

ひびきの村に来てからも夜空を眺めては、エアーズロック近くの砂漠で見た星空以上のものが見れたら良いのに…といつも思っていました。

ひびきの村でもバイオダイナミックで育てた野菜を毎日食しています。
きくも、バイオダイナミックで畑をしていると聞いていたので、日本の北と南ではあるけれど、何かきくとは繋がっている様な気持ちでいました。

きくが亡くなったであろう8月18日は私の40回目の誕生日でした。

その後、2月に話した際、自分の子供が欲しいと言っていたのを思い出し、ひびきの村の独身女性数人と
『きくの嫁候補に屋久島に行けば?』『世界中を旅してきたきくは屋久島で骨を埋めるって、一歩も屋久島から足を出す積もりはないって言ってたから、屋久島に来た女性との縁を待つしかない!って笑いながら言ってたよ。ホントに凄い人なんだよ。誰ときくは結婚するんだろうね?この中に将来のきくの嫁はいるのかなぁ?』
なんて話で数日間盛り上がり、しまいには
『皆、交通費もないから屋久島に行くならヒッチハイクしかないね(笑)!誰が一番に屋久島に着けるか競争しよう!』
なんて冗談とも本気とも取れる様な会話をしていました。

その時の私の中には生き生きとしたきくがいたんです!
今思うと、きくは天に歩む途中に北海道に寄り道して会いに来てくれたんだと思います。
僕は天に昇るよと…。

何百キロ、何千キロも離れた所にいつもいたきくですから、重い肉体から解放され、身軽になったエーテル体で私にも会いに来てくれたんだと思います。

きっと、きくは今も世界中の親友に会いに行ってるのかもしれませんね!

私は、子供達を通して、自然を通して、食を通して、今までより、もっともっときくを身近に感じています。

いつも、きくを思った瞬間にきくは私の側にいる様にも思えます。
たかえさんも同じではないでしょうか?

先週は小貫大輔さんという東海大学で教授をなさっている方がひびきの村のミカエルカレッジで自然出産の話しを科学的視点で講義してくださっていました。
月曜からの誕生時の大切さの話に始まり、金曜日の早朝、きくの死を知った事で私には忘れられない、一生を考える一週間になりました。

たかえさん、『今』『ここで』お互いに楽しみましょう!
きくはいつも私達がきくを思った瞬間に側にいます!

そして、私はいつの日にかたかえさんとお会いして、ドジなきくをたかえさんと一緒に笑っちゃいたいです!

きくは思った様に生き、今生の使命を全うしたんですね!
最期まで、やっぱりきくは凄いです!
あこ | 2011.09.18 13:03 | 編集
あこさん、愛のこもったコメントをありがとうございます。
私もキクとの色々な思い出を宝物のように感じています。
そして、それがこうして、キクを愛するあこさんに届いてくれたことがうれしいです。
キクちゃん祭りで、いろんな方と話しをするうちに、思い出を誰かと分かち合いたいと思いました。
そしてそのおかげで、いろんな方に、キクとのいろんな話しをいっぱい聞かせてもらえて、なんだかキクが亡くなった後にもものすごくキクのエネルギーを感じています。
まさに、軽々と自由にどこにでも現われてるんだと思います。

あこさんの教えてくれたキクの姿、やっぱりキクは、キクなんだなぁって思いました。
子どもにギターをひきながら歌を歌ってる姿とか、もう、ありありと目に浮かびます。

キクに会いに屋久島に来ようとしていたんですね。
キクもよく「友達にはとにかく一度ここに来てもらいたい。みんなに来てもらいたい。ここで暮らすオレに会いに来てもらいたい。だから、オレはここに留まるって決めているよ。」
って言っていました。
「じゃあ、旅には出ないってこと?」って聞くと、
「今のところは、旅に出る気はないな。屋久島には、探さなくてもなんでもあるんだ。」みたいなことを言っていました。

今でも屋久島にはキクの魂がいますよ。
だから、ぜひ一度遊びに来て下さいね。

私も、ナオヤ(主人)の実家が北海道ってこともあり、時々北海道へ行くので、その時にはぜひひびきの村にも遊びに行かせて下さいね。
いっぱいキクの話し、自然の話し、子どもの話し、いのちの話し、したいと思っています。
そして、いっぱい一緒に笑いたいです。

キクが繋げてくれた、このご縁に大大大感謝です。

ありがとうございます。

そうそう、キクの田んぼすごい立派です。
台風が通過したら、みんなで稲刈りをする予定。
すごいパワフルで美しいお米だと思います。

屋久島の「カイホー屋」たかえ | 2011.09.19 22:55 | 編集
たかえさんはじめまして。みゆきと申します。
あこさんから北海道ひびきの村でキクさんの話を聞かせていただいた一人です。あの時は毎日会う人会う人にウキウキしながら屋久島とキクさんの話をしていたあこさん、そばに居た私までキクさんと知り合いになった気になったり、目をつぶると屋久島にいるように思えてました。

横浜に戻った私は「人として生きる」をテーマにして移住先を考えており、鹿児島市にある「どんぐり自然学校」に見学に行こうとサイトを見ておりました。そしたらここにたどり着いたのです。たかえさんって素敵な方もいるんだなぁとブログを読ませて頂いてたら、なんと、キクさんのお名前とあこさんの名が、、、、びっくりです。

私もいつかみなさんが愛している屋久島に行かせてくださいね。

私の友人の友人でタイ古式マッサージ師のかなさんが屋久島に呼ばれて住人になっていると思います。キクさんに会いに行くと言ってくださってたので、たかえさんっその際はよろしくお願いします。

たかえさんご家族が笑顔でありますように。

横浜のみゆき | 2011.09.20 00:14 | 編集
はじめまして、みゆきさん。

すごいシンクロにびっくりですね!
ほんと、キクがあちこち飛び回っているんだろうな。
ありがとうございます。

タイ古式マッサージの方のかなさん、もしかしてあの人かな?それともあの人?と何人か思い当たる方がいます。もしまだ会ってなかったとしても、きっと、すぐ出会えそうですね。
みゆきさんも屋久島に来た時は是非連絡下さい。
お会いしたいですね。

みゆきさんの移住が滞りなく、うまくいきますように!
応援してます。

屋久島の「カイホー屋」たかえ | 2011.09.20 11:36 | 編集
はじめまして。レイノといいます。キクさんとは天然村に住む友人に電話をした時に何度か取次の合間に話したことがあり強烈にいつかお逢いしてみたいひとりでした。

『すべてはプロセス、大丈夫なんですよ』そんな電話口から聞こえた気さくな低い声。


人である時期を越えて逢える時が必ずくると確信してしまえる素晴らしいバイブレーションの方でした。日記キクさんシェアありがとうございます
レイノ | 2011.11.18 20:22 | 編集
コメントありがとうございます。

気さくな低い声っていうのが、まさにキクそのものを感じました。
電話からでも伝わるものってありますね。

この記事を書いてよかったなと思うことは、キクのことを多くの方とシェアできたことです。
レイノさん、キク、ほんとうにありがとう!
屋久島の「カイホー屋」たかえ | 2011.11.18 23:49 | 編集
母校のコミュで訃報を昨日知りました。

菊盛さんは学生寮の先輩であり、学校祭ではイベントのお手伝いをさせていただきました。

独自の世界観があり、男らしく格好良い生きざまでした。

私自身が大学の先輩、同輩、後輩と疎遠になり、誰とも交流しておらず、多くの人々の名前を忘れました。

しかし、菊盛さんの名前は忘れていませんでした。

数多い後輩のひとりなので、菊盛さんが私のことを覚えていらっしゃるかわかりませんが、

私は先輩のことを覚えています。いつか会いに、この島に来たいです。
TK‐X | 2012.06.12 22:41 | 編集
はじめまして。
ここに辿り着いて頂きありがとうございます。

私もいろいろな方からきくのことを聞けて、とてもうれしいです。
子どもの頃、学生時代、旅をしていた頃。
いろんなきくの話しを聞いて、私の知っているきくとつなげていろいろ想像しては、
人って、本当に見た目だけ、知ってる部分だけじゃなく、いろんな面があって、なんて愛おしい存在なんだろう、ってことを感じます。
それはきっと誰にでも当てはまることで、どんな人もそうなんだという、ことを
きくを通して教えてもらっています。

ぜひTK‐Xさんも、屋久島に遊びに来てください。
きくが愛した屋久島を感じてみて欲しいです。

今、うちの田んぼできくが育てていた「ハッピーヒル」という銘柄のお米が育っています。
いい感じで育ってきていますよ。
このお米をずっと繋いでいきたいなと思っています。

屋久島の「カイホー屋」たかえ | 2012.06.13 10:54 | 編集
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| 2013.06.18 00:57 | 編集
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| 2013.06.20 22:39 | 編集
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