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02.28
Thu
初めて直接的に出雲とご縁を頂いたのは、屋久島のこのおうちに引っ越してきた時でした。
出雲寿1

家の中に出雲大社の大国主大神と事代主大神の寿。
昭和43年に購入と裏に書き置きしてありました。
その頃はどんな意味かも分からず、かわいいしもともと住んでいた方の敬愛する神様と一緒に、と思いずっと家の中や玄関にいました。

島外で頂いたご縁は、札幌で屋久杉玉磨き&クリスタルボウルのピュア共鳴ツアーでイベントをさせて頂いたぽのぽの食堂のカッパさんでした。
かっぱさんは終末医療に携わりたいので、出雲にある施設で勤めるため奥さんのゆみちゃんと引っ越しするんだよと教えてくれました。
その後、東京でのピュア共鳴ツアーに来てくれた純ちゃんが屋久島にリトリートで参加してくれた時に、満月の森で手の周りを緑色に光る粒子が動いているのを一緒に見ました。
純ちゃんは出雲出身でした。今度出雲でもイベントできるといいね〜と誘ってくれました。
こんな神秘体験させてくれるじゅんちゃんの地元出雲。
きっと何かある!と思い、カッパさんへ早速連絡してみました。

いいスペースがあったよ〜出雲くすのきプラーザ。
どんな所かウェブでチェックしてみると、施設の理念がトップページに。


わたしたち出雲市民は
悠久の歴史をこえて、21世紀に躍る
日本のふるさと出雲の創造に向かって
男女がそれぞれ認め合い
男女がそれぞれ支え合い
男女がそれぞれ個性輝き
市民一人ひとりが歴史と文化を誇り
自分らしく生きる喜びに満ちた出雲をめざして
ここに『男女共同参画都市』を宣言します

平成17年(2005)12月16日

12月16日!!
わたしと同じ誕生日でした。
これは間違いない^^と思い、出雲行きが決まりました。

ちなみに2005/12/16はこんな日でした^^
出雲ご縁屋久杉玉磨き玉作湯神社奉納63091

あとで分かったのですが、くすのきプラーザはじゅんちゃんの実家から歩いて行ける距離くらいのめっちゃ地元でした^^



2011年12月から始まったツアー。
出雲へは福岡から夜行バスで向かい、冬至の翌日に入るつもりが予約がいっぱいで新幹線を使って急遽、冬至の日に出雲入りが決まりました。
出雲ご縁屋久杉玉磨き玉作湯神社奉納63041
出雲へ向かう駅構内から冬至の太陽。


カッパさんの紹介で迎えにきてくれた、なみちゃんしじみくんと一路ある集りに参加させて頂きました。
原発事故以降の明日を考える会でした。
出雲大社さんの正面神門通りすぐのスペースでした。
せっかくなのでと、冬至の祈りの時間をいただき、思いがけず大社さんに音を奉納することが出来ました。
出雲ご縁屋久杉玉磨き玉作湯神社奉納63042


実はこの出雲訪問は玉作湯神社への参拝への旅でもありました。
玉作湯神社は玉作りの神様 櫛明玉命「クシアカルダマノミコト」、大国主命「オオクニヌシノミコト」、少名彦命「スクナヒコノミコト」がご祭神になっています。
少名彦命は毎年奉納させて頂いている北海道神宮と同じ神様。
その昔神武天皇が即位された時代から、代々天皇家へ玉を納めていたそうです。
屋久島で屋久杉に出会い、宇宙家族けんたくんと出会い一緒に磨いていた屋久杉。
この屋久杉玉磨きをさせてもらっていることへの感謝と報告をさせて頂きたいと思ってました。

出雲ご縁屋久杉玉磨き玉作湯神社奉納63071
玉作湯神社

玉作り湯神社へカッパさんに連れて行ってもらい参拝へ。
鳥居をくぐると階段があるのですが、そこからの風景がデジャブですごく懐かしい感覚に。
おもわず、ただいまっと声がでます。

タイミングよく遠藤権禰宜と話す機会に恵まれ、次回出雲へお邪魔する時にクリスタルボウルの奉納演奏と屋久杉ピースボールの奉納をさせていただけませんかと、話しをすることができました。
前日の夜のライヴに来てくれていた、八重垣神社の巫女さんをされているはるちゃんの繋がりから、その後正式に紹介頂いて、翌年の夏至のころに奉納の日取りが決まりました。


出雲ご縁屋久杉玉磨き玉作湯神社奉納63051
カッパさんの奥さんゆみちゃん、話しをしていたら意外な事実が発覚!
うちのお父さんの妹と、ゆみちゃんの弟がなんと同じ学校の同級生でした。
おばさんに話したら、最近ゆみちゃんのあ母さんと同級生と何十年かぶりにばったり会ったんだよ〜と!!
つながってるなあ!!
ご縁ってありがたい^^
ご縁の出雲。


出雲ご縁屋久杉玉磨き玉作湯神社奉納63072
玉作湯神社の奥のお山の頂上に金比羅山の小さな神社、祠があります。
そこのカラス天狗さん。


2012年5月21日
金環日食。
屋久島で体感したあと、いよいよ出雲へ向かうピュア共鳴ツアーへ。
出雲ご縁屋久杉玉磨き玉作湯神社奉納63061

奉納する屋久杉ピースボールを磨きはじめました。
出雲ご縁屋久杉玉磨き玉作湯神社奉納6301
京都cacao∞magicにて。

岐阜の空歩21でついに完成!
出雲ご縁屋久杉玉磨き玉作湯神社奉納63011
綺麗な木目だけど、1カ所だけ三日月が入っている、珍しい木でした。


ツアー中に奉納する際の入れ物を探していたのですが、これは!という入れ物に出会えず。。
奉納直前の鳥取で地元の木を使って仕事をしている方とご縁を頂きました。
屋久島の杉と山陰の木の入れ物なんて、なんて素敵すぎる組み合わせ!!
山田さん、ありがとうございます!!


夏至の日。
頂いた入れ物につたない字ですが、墨をすり名前を入れました。
何十年かぶりに墨をする時間。すごくいいですね。
玉磨きしている時と同じ感覚です。
出雲ご縁屋久杉玉磨き玉作湯神社奉納63021


金環日食から1ヶ月後の5月22日。
出雲ご縁屋久杉玉磨き玉作湯神社奉納63031
本殿へ屋久杉ピースボールが運ばれていきました。
左右に赤い布の月と太陽が印象的。


奉納の前に本殿で記帳している時、宮司さんが「本殿に風を入れないと!」と、突然動かれました。
外せるようになっている横の壁を何枚か外すと、風が本殿を吹き抜けていきました。
きもちいい〜〜
宮司さんのご配慮に深く感動し、演奏の前に「風」を通して頂き気持ちが入りました。

自然のエネルギーや神々を意識した昔ながらのお祭りごとをされていて、すごく感動しました。



何年か前に小樽で一緒に組んだユニット「naam」のじゅんちゃんが、一緒に音を奉納しに東京から来てくれました。
出雲ご縁屋久杉玉磨き玉作湯神社奉納63033
じゅんちゃんとは昔から一緒に音で遊んでいる仲間なので、その辺りの感覚がすごくマッチしていて
コラボしていて、本当に気持ちがいいんです。
これからも各地でご縁のあるところで一緒に演奏していきます。
よろしくお願いします^^(次回は2013/6/14北海道神宮奉納演奏、15小樽)


じゅんちゃんの友達、清田君も一緒に奉納。
清田君はさまざまなエレメントから、独自の「おのり」をライフスタイルとしています。
出雲ご縁屋久杉玉磨き玉作湯神社奉納63032
今後も深く関わっていく新しいご縁に、感謝!


奉納後、宝物館へ案内して頂きました。
昔の玉作りの遺跡から発掘された玉、勾玉、管玉の数々。
人力だけで作っていた時代の道具等もありました。


出雲ご縁屋久杉玉磨き玉作湯神社奉納63034
宮司さんに、勾玉の意味を教えて頂きました。
勾玉は玉ととんがったものの融合で、それは太陽と月を表しています。
陰と陽の象徴です。
そして、穴が空いて初めて勾玉として完成します。
その穴の意味はあちらの世界とこちらの世界を結ぶ繋ぐ役割。

奉納の屋久杉ピースボールに三日月が入った意味がわかりました。
出雲ご縁屋久杉玉磨き玉作湯神社奉納63035
風を運んで頂いた、遠藤宮司さん。



どうもありがとうございました!!
出雲ご縁屋久杉玉磨き玉作湯神社奉納63036


6月の出雲、荒神谷遺跡の池は蓮の花が満開でした^^
出雲ご縁屋久杉玉磨き玉作湯神社奉納63037


そして、去年の11月。
一般的には神無月ですが、出雲は神々が集うので神在月になります。
前回の夏至にクリスタルボウルと一緒にコラボしてくれたダンサーそらまめピョコタンが主催する「アートイベントがたり」に誘ってくれて、出雲の神在月の神在祭のタイミングでお邪魔することができました。
演奏のスタート時間と、大社さんで行われる神楽の時間がちょうど同じ19時。

イベントは重要文化財の旧国鉄大社駅で行われ、出雲大社とは少し離れていましたが、同じ時間に音を奏でることができて幸せでした^^

また新しいご縁が生まれ、ますます出雲とは強く繋がっていきそうな予感。
出雲ご縁屋久杉玉磨き玉作湯神社奉納63081
八百万の神々が一度この引佐の浜のお社に降りてから、大社さんへ向かうそうです。
この写真は夜のご神事の、翌日の早朝に撮った写真です。

出雲神在祭1
集った神々が休憩される、お宿。
神在祭の間一週間だけ扉が開いています。
趣があるし、かわいい〜〜



花風が今年見た初夢は出雲からほど近い隠岐の島。
隠岐の神様へ挨拶しにいく夢を見たそうです。
出雲ご花風隠岐の神様縁屋久杉玉磨き玉作湯神社奉納63091
花風「おきのかみさま」
↑花風のブログです。


家族でお邪魔できれば!と思っています。



なーや



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02.23
Sat
本が大好きで、暇さえあれば本を読んでいるカフウ。
学校で一番楽しいことは?って聞くと「図書室で本を読むこと!卒業するまでに全部の本を読みたい!!」って言う程の本好き。

私も子どもの頃、本が大好きでした。
ありとあらゆる本を読みましたが、一番好きだったのは小説。
いろんな登場人物に感情移入しながら読んでいたのを思い出します。

そんな私は、国語の授業が大好きでした。
文法や、文字に興味があったわけではなく、登場人物や、筆者の意図を理解していく学習が楽しくって、得意でした。
国語だけは、全く勉強に取り組まなくても常に成績も良かったのです。

ある日、翌日の学校の準備をしているカフウが
「あーあ、また国語ばっかだよ!国語なんて、ぜーんぜん面白くないから、国語がある日は学校休みたいくらいなんだよね。」
と言うので、
「国語はいろんなお話しを読めて楽しいじゃん。母さんは国語大好きだったけどね。」
と返事をしたら、
「国語は同じ文章を何度も何度も読んで、おまけに「誰々はこのときどういう気持ちだったでしょうか?」なんて、分かるわけもないこと聞いたりして、本当に意味が分かんない。人の気持ちなんか分かるわけないのに、どうしてそんな問題出すんだろう?」
と言うのです。

たまたま学校で学習相談というものがあったので、担任の先生にこのことを話してみました。

そして、このカフウの発言から、先生もカフウの態度でいろいろ理解できないところがあったようですが、なるほどなぁって思うことがいろいろあったようです。

例えば、共感性を養うというのも学校教育の一つにあるようですが、そういったものを求める質問、発表の際になるとパタッとカフウが手を挙げなくなるそうなのです。

友達との接し方の中でもズバリと指摘することがあるようで、「それは、言われた方がどんな気持ちになるかな?もしカフウさんが同じことを友達から言われたら、イヤな気持ちがするでしょう?」と聞くと
「いいえ、私はイヤな気持ちになりません。」と言うのだそうです。

これだけ聞くと、大丈夫かな?って気持ちになるのですが、先生はもっと違った視点でもカフウのことを見てくれていました。

カフウは先生も見てなかったようないろんな人のいろんな面を見ていて、友達を褒めたりすることもとても多かったり、逆に何か問題があるような時は、客観的にその問題を見て、「私は◯◯だと思います。」とはっきり意見を言うことも多く、すごく助かると言っていました。
だから、共感性が欠けているというよりも、自分とは違う視点で物事を見ているなと感じるとのことでした。

私がカフウを見ていても、共感性に欠けてるとは思えないのです。
今日もビーチクリーンに行った時も「発泡スチロールはカメが何かと間違えて食べちゃって可哀想だから、小さいもの程私は拾うの!小さい方が間違えちゃいそうだもん。」と言って、一生懸命小さな発泡スチロールの欠片を拾っていました。

先生とカフウの話しをしている時に、カフウのことなのに、まるでナオヤの話ししてるんだっけ?って思える程、カフウとナオヤが似ているなと感じました。

私はいろんなことに対してすぐに私以外の誰かの気持ちを考えてしまいます。
ナオヤは私に「何で、たかえは◯◯でもないのに、勝手に気持ちを想像してるの?そんなのたかえの想像でしかないよ。」と言います。

いろんな状況において、誰かの気持ちになって考えるということは私にとっては当たり前のことであるし、自然な流れで起こることです。

でも、それが果たして本当にその人の気持ちなのかどうなのか?
この正解を私はほとんど知りません。
ただ、常に想像でしかありませんが、そこから発生する私の行動には私なりの思いやりの気持ちがあります。

誰かの気持ちになって考えるのは大事なことだと思いますが、誰かの気持ちを問題にして、それに正解、不正解というのも確かにおかしな話しかもしれません。

それと同じで、筆者の意図というのも、本当の意図なんて筆者にしか分かりません。

例えば、テレビアニメのシリーズ物とか、シーズンごとに新しいものに変化します。
バージョンチェンジするのは、新商品を売るためという話しを聞くこともあります。
それを承知で作家はストーリーを書くけど、それでも作家は作品を通して伝えたいことを伝えていたりするかもしれません。

答えは誰にも分からないのです。

先生にカフウの国語に対する気持ちを伝えたところ、
「国語教育の根幹に関わる意見ですね。。」と言っていました。

ナオヤにも話したら、
「うわぁ〜!オレも子どもの頃、全く同じことを考えてたよ。でも、口に出して言ったことはなかったけどね。」びっくりしてました。


行動を起こすとき、誰かの立場になってより、自分の愛に基づき行動をするのが一番ストレート。

愛の中には人それぞれの思いやりが入っています。
でも、どんな感情、思考からそのような行動に至っているのかは、その人にしか分かりません。

分かった方がいいのか、分からないままでもいいのかはどっちなんでしょうね?
まぁ、そんなものどっちがいいかというのも全て最後まで分からないのですし。


言葉での理解というのは限界があると思います。
いろんな言葉に対して、一人一人の概念、捉え方はそれぞれだから。

ナオヤと話していると、時々私にとっては話しがポンと飛んでどうしてその話題になったのかが分からない時があります。
ある日そんなナオヤに「ナオヤは話しが飛び過ぎて、何が言いたいかよく分んないよ!もっと、言葉で詳しく説明してくれないと、風が吹いたら桶屋がもうかるみたいなもんで、さっぱり分かんないね。」って言ったら、

「コミュニケーションを言葉でしてると思わない方がいいよ。本当はコミュニケーションって、もっとテレパシー的な部分でしてるんだって思う時があるよ。言葉でコミュニケーションしてるなんて幻想なのかもしれないよ。」と言った。

実際、ハネイは3歳半までほとんど言葉を発しなかったけど、ハネイが使っていたたった3つぐらいの助動詞で、全てを表現して、私たちもそれなりに理解してコミュニケーションをしていた。
 (何かをしたという時は、「た〜」 まだの時や、否定の時は「てん」 して欲しい時、したい時「て〜」等)
これは、言葉以外の部分でコミュニケーションをしているってことの何よりの証拠だと思います。


いろんな人がいて成り立っているこの社会。
正解とか不正解とかないですね。

私はついつい、これこそ正義だ!と、自分の考えに対して思って行動したりしてしまいます。

こういうことにハッと気づくと、そんな正義感に笑っちゃいますが、そんな私にナオヤもカフウもハネイも「たかえ!がんばってね!どんどんやっていいよ〜!!」って言ってくれます。

そんなカフウは「ママはおばさんじゃないけど、太ってるね!」と明るく言い、
「ひどいこと言うよね!」と私がプリプリすると、
「だって、ホントのことでしょ!!でも、ママは世界で一番美人だと思う!!」と言うカフウを見て、おかしくてたまらなさそうに、ニヤニヤと笑うナオヤ。

まぁ、いいか!と思います。

カフウ学校


たかえ
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02.21
Thu
2週間ちょっと、ナオヤのツアーに同行して、屋久島に戻ってきてから気づけば1週間以上たちました。

ここで日々暮らしていると、ある一定のリズムがあって、その中にいろんな出来事が散りばめられています。
でも、旅に出ると、場所場所で違うバイブレーション、リズムもいろいろです。

旅に出るといろんなカタチの容器に合わせてく感じ。
容器はいろいろだけど、入ってる私は一緒。

屋久島に戻ってきて、ここにはここの容器があったはずなのに、すっかり忘れちゃっていました。

ツアー中は、食事をはじめ、いろんなことで皆さんにお世話になりっぱなしで、誰かが作ってくれた容器、それはまるでぬくぬくと暖かいお風呂に入らせて頂いてる感じで、自分ってどうやって毎日暮らしていたんだっけ?って感じ。

帰ってきてしばらくはただ放心。
あ、お米炊かなきゃ!
あの仕事、どうなってたんだっけ?等々。

そんな中、ナオヤが着々といろんなことをこなして行く姿を横目で見ていて
「ねぇ、ツアーから帰ってきて、どのくらいでもとに戻る?いつも帰ってきてからどうしてんの?」って聞いたら
「さぁ?夏はいろんな気候があり過ぎて結構しんどいけどね。だから気候に自分を合わせるために1週間!」という答えでした。

「でもさぁ、ナオヤはどんどん仕事してるじゃん。」
「だって、やんなきゃ終わんないよ。」
「よくそんなに動けるね。。」
「。。。たかえがぼーっとしすぎなんだよ。ツアー中でもいっぱい寝てるし。おれはツアー中はすぐ目が覚めちゃうよ!ま、その変わらなさがたかえだね。」

誰かがご飯を作ってくれるわけでもなく、結局私が作らなくてはご飯は食べれないという当たり前のことに徐々に気づきやりはじめたのだけど、ちゃんとご飯に間に合う時間に作れるようになってきたのが、やっと昨日辺りから。

なんだかぼーっと宙ぶらりんな精神状態でいた。

でも、おかげで気づいたことがいっぱいあった。

いわゆるニュートラルな感覚。
それは、旅中でも、日常でもなく、その境目にある時に見えてくる自分。

この自分に焦点を合わせて1週間暮らしてみました。

知ってたけど、あえて知らないふりをしていた自分を感じてみました。

自分でも好きだなぁって思う部分。
自分で大きくダメ出ししたくなる部分。
でも、そういうのは表面的なもので、ゆるぎない「私」がある。
それは、いいとか、ダメとかを超えた部分。
超えてるというか、全てを含んでいるんだけど。

そこには時間も含まれているのです。

揺るぎない私はただいるだけでいい。

屋久島の容器はまたこの発見をふまえてカタチが出来ていくんだろうな。
それは別にいつどう変わったっていいものだし、気楽に一番リラックスできるカタチに。

本当は作んなくっていいんだけど、私は基本的にだらだらしてしまうので、ある程度作る方が過ごしやすいというのではと判断。
作ることによって、また自分にダメ出ししたりするんだろうけど、それもお笑いのボケとツッコミのようなもので、自分でボケて自分でツッこむという一種の芸のようなものだと思えばいいかな。

最後になりましたが、旅中、出会った皆様のお陰で本当に楽しい日々でした。
皆様の暖かさにどっぷり甘え、ふにゃふにゃになってましたが、少しぴしっとしてきました。
何から何まで、ありがとうございました!
またお会いする時を楽しみにしています。

田んぼ苗床作り2013
     我が家の田んぼ 後ろに見えるのは永田岳!


たかえ



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