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12.31
Sat
いよいよ今日で2011年も終わり。
昨年の今頃は、北海道のナオヤの実家でのほほんと楽しい時間を過ごしていたことが遠い昔のように感じます。

今年は311の東日本大震災がありました。
この日から確実に色々なことが変わりました。
いいことも悪いことも全て含め、この日からのことを年が変わる前に記しておこうと思います。

本当は年賀状を書くつもりでしたが、大晦日だし、ばーっと言っちゃいますか!って気分です。
というわけで、ワインを飲みながらです。

震災当日は偶然、幼児学級の行事があり、ちょうどその日は幼児学級のテレビがアナログからデジタルに入れ替わる日でした。
業者の方が取り付けを終了し、映り具合をチェックしていました。
子どもたちは外で遊んでいましたが、私も含め、他の父兄の方々も一緒に見ていました。

突然、地震の速報が入ってきました。

しばらくすると津波の映像。
私は「これヤバいんじゃないの?」と思いつく限りの海岸線沿いに住んでいるいろんな友人、知人に電話。
一人のお母さんは「ウソでしょ?!イヤ!どうしよう!逃げて!お願い逃げて!そっちに行ったらダメ~!!」とテレビの画面に向かって半泣きで絶叫していました。

しかしほとんどの人はまるでいつもと変わらない様子で談笑しています。

私はその反応の違いを見ながら、この世界の有様を考えました。
そして、自分自身を振り返りました。
遠い外国での災害、戦争、飢餓等のニュース。それらを聞いた時、私はどうしてただろう?
かわいそうだ、ひどい、助けてあげたいと思っても、それを実際したかどうか?

無力感とともに、情報の非情さを感じました。

情報は何のため?

テレビ画面から流れてきた映像は紛れもなく起きていたこと。
津波に飲み込まれる走行中の車。
それはたまたま顔も名前も知らなかった人ですが、私と同じように生きている人なのです。

同じように地球の裏側でもいろんなことが起きている。
それを知って何になるのか?
何もできないのに。。。

自分の中に大きなしこりが生まれました。

翌日何かの用事で出かけた私は、車の中でずっとラジオを聞いていました。

夕方5時くらいだったと思いますが、突然アナウンサーが「水を飲まないように」と言い出しました。
私はすぐに原発に何か重大な事故が起こったんだと思いました。
帰宅してすぐにネットに繋ぎましたが、原発がどうかしたというような情報は一切なく、ほっとしたのを覚えています。

でも心配だった私はいろんな人に原発が心配だけど、本当に大丈夫なのか?という話しをしました。

ある人にその話しをしたら「原発反対運動やって来た人にとっては、ここで爆発してくれーって感じなんじゃない?そしたら、「ほらね、言った通りでしょ?!」って感じで、やってきたことが報われるでしょ?」と言われました。
私はそう思われるんだ。。。と、反対運動の難しさを感じた一言でした。

今年の締めに言わせて頂きますが、そういうことが起こって欲しくないための反対なんです。
爆発して嬉しいわけがありません。
爆発のニュースを聞いた時は、恐怖で体が震え、歯をいくら食いしばっても食いしばってもガチガチ音をたてる程でした。

核というのは未だ人類の手に負えない狂気なのです。
それを管理できるということにして、とてつもないエネルギーを発生させているものなのです。
もちろん多大な犠牲の上に成り立っています。
しかし、その犠牲をどれだけの人が理解しているでしょうか?
私自身も、まだまだ知らないことがいっぱいありますし、知れば知る程、恐怖心を感じるものなのです。

原発、核に関しては、誰もがある程度知識を持った方がいいと思います。
地球上で日常生活にかなり入り込んで、利用されているにも関わらず、原子力という名の下、あまりにも専門的な分野過ぎて、みんなが見ないまま通り過ぎているものだと思います。
学校の授業で教えた方がいいと思いますが、学校は原発推進派の国の機関なので、難しいですね。
そういった意味では、今の義務教育制度は一種の危険性をはらんでいるとも言えます。

日本の電力システムと同様、選択肢がないということの危険性。
私立の学校もありますが、日本全体を見てみれば、都心以外はほとんどが地域の学校にもれなく通うことになるというのが一般的です。

これからの日本がどういう方向に行くのかの鍵を握っているのが、教育です。
結局国家をまとめあげているのも人間です。
誰がどのような意図をもってリーダーを選び、誰がリーダーとして選ばれるのか?
そういったシステムを作っているのは、他でもない私たち一人一人なのです。
この一人一人がどんな一人一人になるのか。
教育が大きく関わっています。

2011?


親が子どもと過ごすのはせいぜい6歳まで。
7歳になれば、起きている時間の大半を学校で過ごすことになります。
そして、15歳まで義務教育を受けるのです。
多感な9年間の大半を過ごす学校で、価値観が育まれていくことになるのです。

以前「子どもは一人でも多く産みなさい。きっといつか私の言っている意味が分かる時が来るよ。」と言われたことがありますが、今その言葉を噛みしめています。

自分の子どもとは長い時間を一緒に過ごします。
日々の生活の中で隠しようのない、私やナオヤの思い。
子どもたちはそれに否応なく付き合わされます。
それが子どもの価値観をよくも悪くも育んでいきます。
私たちが「美しい」と感じているものを一緒に見ていきます。
それはすごい影響力を持ちます。

私は子どもを授かった瞬間から「真実を見通せる子どもに育って欲しい」という思いを持ち続けて、そのようにお腹の中の子どもにも語りかけて、今もそのように育てています。
かっこつけずにありのままの自分を、情けない自分も、がんばっている自分も全てを見せて日々を過ごしています。
夫婦喧嘩を子どもの前ではあまりしない方がいいよと言われたこともありますが、いくら仲良しだって、意見の相違があるのは当たり前です。そして、それがそれが言い争いになることだってあります。
自分の気持ちを正直に話す姿勢、そのパートナーシップはとても大事だと思っています。
そして、また歩み寄っていく過程。
それは夫婦間だけではなく、今のこの世界にとても必要なことです。

今後は、自分の子どもだけではなく、出来る限り多くの子どもたちが「真実を見る目」を身につけるよう、思いつく限りのことをしていこうと思っています。
学校教育だけに頼らず、積極的に地域の子どもたちに関わっていきたいですね。

来年は我が子も小学校入学です。
本人は小学校に入ることをとても楽しみにしています。

私は今の教育制度について知れば知る程、本当にいいのだろうか?と疑問に思うこともしばしば。

例えば給食について、先輩お母さんに聞くと首を傾げたくなるような話しがいっぱい出てきます。
ずっとマクロビで子どもを育ててきたお母さんが「せめて牛乳だけは飲ませたくないんです」と学校に言ったら、「アレルギーだというのなら、認めましょう。その際は診断書を持ってきて下さい」と言われたそうです。
基本的に何を食べるかということは個人の自由であるはずなのに、教育の名の下、強制的な側面を感じずにはいられません。

それに牛乳に関しては、チェルノブイリの近隣に住んでいた方達の「飲んだら危険」という経験則があるにも関わらず、日本の学校教育の場ではまるで無視された状態です。
これをどう考えたらよいのでしょう?

過去から学ぶことの大切さから、学校でも歴史の授業があるのではないでしょうか?

放射能の影響から、多くのお母さんが学校の給食に関して悩みを抱えています。

子どもの健康を願うのは母として当たり前の感覚です。
危険かもしれないものを子どもに与えたくないのは当然です。

それとは逆に「食べて応援」というキャッチフレーズがあるように、放射能に関してはかなりの認識の違いがあります。

こういった差はどこから産まれているのでしょう?

それは「情報」だと思います。
どんな情報を得ているかの違いです。

そして放射能は目に見えません。匂いもしません。あるかないか分らないのです。
おまけに、高線量の放射線を浴びない限り、影響が目に見えて出てくるのは「直ちに」ではありません。

これはスピリチュアルといわれている世界にも似ています。

例えば、私はUFOを見たことがあります。だから誰が何と言おうとUFOは存在すると知っています。
他にも見たことがある人はみんなその存在を信じています。
でも、見たことがない人はどうでしょう?
見たことない人でも信じる人は信じるし、信じない人は信じないのです。

放射能はこのUFOと一緒です。

放射能の影響で何らかの体調の変化があった人は、目に見えなくても、匂いがしなくても放射能の存在を知るのです。
でも、特に変化がない人はその影響をどう捉えるのでしょうか?

大丈夫だと思う人もいるし、大丈夫じゃない、危険だと思う人もいるのです。

ただ、UFOは見ても危険じゃありませんが(多分)、放射能は一旦体に取り込んでしまったら、じわじわと体に負の影響を与え続けるのです。
その影響が見えた時には遅いのです。

見えない世界を信じる人が増えた今、見えない匂わない放射能の存在もぜひ信じて頂きたいと思います。
直感に従って!

そういう意味では避難している方々は見えないものであっても、直感の導きに従っているのだと思います。

もちろん直感に従って留まる選択をした人もいると思います。

この目に見えない放射能があらゆる人の価値観の違いを浮き彫りにしている現在、その作用がまさにスピリチュアルであるように感じます。

放射能の存在によって、みんな本来の自分の姿に向き合うことになります。
何が一番大切なのか?
環境も家族構成も経済状況も人それぞれで、何を選ぶのかは個人の自由です。

子どもは親を選べないという意見もありますが、我が子は「白い光ってる女の人のところで、テレビでママと父ちゃんを見て、このママのところへ行きたい」と思ったら、ピューってママのお腹の中に入ったの。ママと父ちゃんのところに来る前は黄色の髪のママだった。」という、話しをしてくれたところを見ると、子どもも親を選んでいるとも言えます。

みんな自信を持って選べばいいのです。
だからこそ、不安を感じていたりするのなら、その不安を真っすぐ見つめたらいいのだと思います。
そして、どうするのか?

2011?

私は今後広がるであろう汚染の問題、食べ物からの内部被曝、まだ収束していない福島原発事故等、不安なことがいっぱいあります。
それを隠すことはしません。
怖いものは怖いのです。

でも、だからと言って恐怖に打ち震えてぶるぶるおどおどしているわけではありません。
逆に絶対未来は明るい!と一歩一歩前進あるのみ。
切羽詰まった状況だからこそ、やるしかない!と思います。
自分で動くしかありません。
誰を頼るわけでもなく、自分の思いのままに動ける今のこの状況。
私はそういう意味で、今、自分のパワーを感じています。

そして、震災当日に知ってどうするんだ?と無力感を感じた情報。

放射能に関しては、あまりにも圧倒的な手の負えなさ故にネガティブに感じてしまう現状。
しかし、情報を知ることによって、守ることも出来ます。
情報を共有することによって、必ずいい方向へ向かうという私自身の姿勢を貫こうと思っています。
そして、行動です。

2011.jpg


震災は、多くの人に大きな悲しみや苦しみをもたらしました。
そのことについては本当につらく大変な年でした。
これは明日、新年になったからといって終わるものでもありません。

大切な人との別れを経験した全ての方に、
これから大変な時代を生き抜いていく全ての方に、
私自身のために、
今日の大晦日を最大のリスペクトの気持ちで過ごしたいと思います。



最後に我が家のトイレに貼ってある、シュタイナーの子どものための祈りの詩をシェアさせて頂きます。
毎日、子どもがブリ(我が家では大きい方をこう呼んでいます)する時に、一緒に読んでいる祈りの言葉です。


 ◎自分でもお祈りできる幼児のための眠る前の祈り その1

  私の頭も私の足も 神様の姿です。 

  私は心にも両手にも 神様の働きを感じます。

  私が口を開いて話すとき 私は神様の意志に従います。

  どんなものの中にも 
  お母様やお父様や 
  すべての愛する人の中にも
  動物や草花や 木や石の中にも 
  神様の姿が見えます。 

  だからこわいものは何もありません。 

  私のまわりには 愛だけがあるのです。

2011?
             2代目のもの。1代目はハネイがあちこちびりびり破ってしまいました。


今年も一年ありがとうございました。

そしてきたる2012年を微笑みで過ごせることが出来ますように!


☆WORLD PEACE☆


たかえ


☆カイホー屋2011~12年冬ツアー☆
屋久杉玉磨き&クリスタルボウルヒーリング演奏ツアー
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『屋久島ヒーリング』クリスタルボウル&屋久島の映像DVDはツアーにて販売します。

2012年のライブ&ワークショップは1月3日スタートです。

1月3日(火) 札幌『森のヤシンカ』

1月6日(木) 中川郡幕別町『幕別百年記念ホール』
            お問い合わせは、とかち宇宙堂までhttp://www.mytokachi.jp/uchudou/

1月7日(土) 虻田郡ニセコ町『ニセコドームハウス』ライブのみ
            
1月9日(月) 札幌『にぱぱ』

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12.30
Fri
一昨年の冬、野菜出汁のみそ汁の作り方を知ってからは、具沢山のみそ汁をよく作るようになりました。
これが我が家の定番料理です。
このみそ汁を中心にしたら、料理なんてオチャノコサイサイ(のはず)。

作り方は簡単

使う鍋について注意点
鍋は蓋がある程度ぴったり閉まるものを。隙間だらけの鍋と蓋の関係だと、水分が飛んでしまって、焦げ付きます。
それから、底の厚い鍋がいいです。私はステンレス製の2重底のものを主に使ってます。
時間がない時は圧力鍋を使って、作ることもあります。圧力鍋の時は底にちょっと水をひくことを忘れずに~。
鍋の種類によっても出来が違うところが面白いです。

①繊維に沿って切ったタマネギを弱火でしんなりするまで炒める。このとき油等はなしで、ただタマネギだけです。
②タマネギが炒め上がったら鍋から出す。
③用意しておいた野菜を陰陽に従って、陰のものから入れていく。
  私は必ずなにかキノコ類(今は安全なものかどうか要チェック品目ですよ!)を入れるので、それが大抵一番下。
  葉もの、白っぽいものは底の方、油揚げ類は真ん中辺り、根菜類、ショウガの千切りと続いて、
④一番上に炒めたタマネギをドーナツ状に置きます。タマネギは火を通してあるので陽になっています。
⑤真ん中に味噌を乗せる。
⑥後は細火でコトコト煮る。
 野菜から水分が出てきて、蓋がコトコト言い出します。
 味噌の塩分が野菜から水分と甘みを引き出しているのです。
⑦野菜に十分に火が通ったら、あとは水を加えて濃さを調整します。私は具を鍋に目一杯切った具材を入れて、かさが半分くらいになったら、また鍋目一杯まで水を入れます。これでみそ汁が完成。人数に合わせて鍋の大きさを変えます。

我が家にはコンロが二口しかないので、料理をする時は順番が結構重要。
まず、玄米を洗い、ざるにあげ、次にこのみそ汁にかかります。
みそ汁は火にかけたら、ただ放っておけばいいだけ。
そして玄米ご飯も鍋で炊きます。玄米は蒸らしも時間がかかるので先に火を入れます。

ご飯を蒸らしている間に、何か一品。
みそ汁に、ありとあらゆる野菜や大豆製品を入れるので、もうあとはシンプルなもので十分。

みそ汁の具は、やはり季節のものはたっぷり入れる。
季節のものは手に入りやすいし、その季節のものはその季節に必要な栄養分がつまってると思います。

以前は全て皮を剥かずに使っていましたが、今は丁寧に剥いてから使うようにしています。

マクロビに出会ってから、「一物全体」=一つの食品を丸ごと食べることで陰陽のバランスが保たれる。に徹してやってきましたが、今は放射能が怖いので洗って、剥いて、また洗ってから鍋に投入。

コンポストが以前はなかなか一杯になりませんでしたが、今はすごい勢いでかさが増えています。
去年まではコンポストの中身は発酵熟成させてから畑にまいていましたが、今はどうなんでしょう?
EM等の微生物が放射能を減少させる働きをしているという説もあったりで、しばらく様子見です。

話しはみそ汁にもどって、この方法でみそ汁を作ると、出汁をとる必要がないので、非常に楽です。

そしてちょっとづつ余っている野菜もゼーンブきれいさっぱりなくなります。

ちなみに私はごぼうとこんにゃく入りが大好き。
この二つが入っていると、食感もいいし、より味わい深くなるように感じます。

おまけに味噌は免疫力を上げる素晴らしい食品。
今は体の免疫力を上げるためにちょっと塩辛いみそ汁を飲んでいます。

味噌は2年おきくらいに仕込んでいます。
今までは米みそばかり作っていましたが、暑い夏の屋久島には麦味噌の方が合っていると思うので、今年は麦味噌を仕込んでみたいです。

味噌を仕込んだ時に出る、溜まり醤油のようなものもすごく美味しい。
我が家はそれとフラックスシードオイルを混ぜ、野菜にかけて食べてます。酢を加えてももちろん美味しい。
子どもたちも大好物で、何にでもかけて、食がすすむ魔法のドレッシング。

ここ最近はずっと忙しくってなかなか家で料理が出来ませんでしたが、みそ汁だけはと思って作っておくと、具沢山だけに便利。
あとはご飯と納豆があったら大満足です。

ちょっぴり余ったみそ汁は地粉と混ぜてフライパンで焼けば、オヤキになります。
携帯食にもなり便利です。
からし醤油をつけて食べるのも好き。

これを時々子どもの幼児学級でのパン食の日に持たせると、真面目なカフウは「これはどっからどう見てもパンだね~!オヤキには見えないね~。」と、おかしな発言ととも無理矢理納得して(?)持っていきます。
ふかふかパンじゃないのがちょっぴりイヤな様子ですが、基本的に好きなものなので、いつも全部食べきって帰ってきます。

こんな風に一鍋あったら便利な具沢山みそ汁。
忙しい時の力強い見方です!

それからこの味噌を塩麹に変えて、セロリなんて入れたら、これまた美味しい野菜スープになりますよ。

野菜出汁のみそ汁
               超レア!キッチンに立つナオヤ。1年に何回あるかな?  ハネイ撮影


たかえ


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もう残すところ、今年もあと2日ですね。2012年のライブ&ワークショップは1月3日スタートです。

1月3日(火) 札幌『森のヤシンカ』

1月6日(木) 中川郡幕別町『幕別百年記念ホール』
            お問い合わせは、とかち宇宙堂までhttp://www.mytokachi.jp/uchudou/

1月7日(土) 虻田郡ニセコ町『ニセコドームハウス』ライブのみ
            
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12.29
Thu
最近我が家で流行っているかるた。

幼児学級のクリスマス会で「さんたくろーからもらったの(ハネイ談)」かるた。
日本昔話がモチーフです。

カフウはもう字も読めるし、昔話の内容をよく理解しているので、文字からも絵からも探すことができます。

ハネイは字も読めないし、内容も多分ちゃんと理解していないので、なかなか札を取ることができません。

「桃太郎」「金太郎」「かぐや姫」「サルカニ合戦」「雪女」「おむすびころん」等、知ってる札はものすごい勢いで取りに行きます。
でも、44枚のカードの中のごくわずか。

それ以外のカードは大抵カフウに取られてしまうのですが、その度にカードを投げたり、並んでいるカードを足で蹴ったり。
大声で「あ”ー!!」とか「じゃー!!」と叫ぶ。

私は「こらぁ、かるたっていうのは先に取った人がもらえるゲームなんだよ。いちいち怒んないで!悔しかったら、覚えるしかないんだよ!」と言って、あいうえお表をハネイの横に置き、「次はこの字。それから、耳なし芳一だから、耳なし芳一が描いてあるカードを取るんだよ。」とこっそりと耳打ちをしてあげたり。と手助けをします。

でも、やっぱり取れません。

そのうちハネイの暴れん坊ぶりはどんどんエスカレートしていき、取れないと、「ままのいじゃーる(意地悪)!かふうのいじゃーる!」とカードを投げつけながら床に倒れ込んだり、カフウの手をつねったりします。

私はその都度イライラして「何やってんの?母さんもう読まないからね!勝手にして!!」と怒ってしまいます。

カフウは逆に自分で見つけても、そのカードをじーっと見て、ハネイに目配せして、「あ、鬼の話しだね~」とか「ハネイの近くに小判のカードがあるよ~」と、ハネイが怒らない程度に譲ってあげています。

私はそれにもだんだんイライラしてきて、「そんなんじゃ、ハネイはいつまでたっても取れないし、それが普通だと思ったら、みんなと遊ぶ時に困るんだよ!かるたっていうのは、カードを取り合うゲームなんだから。そういうのは優しさじゃない!」と言って、「カフウ、わかった?見つけたら素早く取るんだよ。ゲームっていうのはそういうもんなんだから、甘やかさないで!」

こういう調子で44枚のカードを読み上げていくから、終わる頃には私は相当怒ってるし、ハネイは涙でぐちょぐちょの顔。カードもだいぶよれよれ。カフウだけが冷静に「ママ、ハネイは小さいんだからしょうがないと思うよ。」と言っています。

疲れ果てた私は「もうかるたなんてやるのやめよう!けんかになるんじゃ、やる意味がない。」と言ったら、
カフウが「ママ、けんかにならないように、ハネイがカードをとれるようにしてあげよう!私はとれなくても楽しいから。」と言いました。

「でも、かるたってカードを早く取るっていう遊びなんだよ。どんどん譲ってあげてたら、意味ないじゃん。それにずるしてもいいんだってなったら、みんなずるばっかして、ゲームにならないよね。」
「ハネイがずるしても、私はいいよ。」
「なんで?」
「だって、ないてるとうるさいよ。うるさいより、ずるしてるほうがましだよ。」
「え、ずるしてもいいの?」
「ずるはだめだけど、ハネイがぎゃーぎゃーいうのがイヤなの。」
「母さんはずるは嫌いなんだけど。」
「わたしはハネイがぎゃーぎゃーいうほうがイヤなの。」

どこまでいっても平行線。

ハネイには「あんな風にすぐ怒ってたら、みんな一緒に遊ぶのイヤだっていうよ。みんながカフウみたいにはしてくれないよ。だれもハネイに「ほら、そこにあるよ~!」なんて、教えてくれる人はいないからね。」と言うと、
またハネイは怒って「ままのいじゃーる(意地悪)!もうままとなんてあそばない!」と

こんなとき、ナオヤがいるとうまく3人をなだめ(と言っても、私には「大人げない!なんで子どもともめるの?」と言いますが)、丸くおさめますが、今はナオヤがいないので、うまくまとめる人がいません。
3人でいると、3人のバランスになるのです。

二人とも寝たので客観的に見てみます。

私「かるたというゲームをルールに沿って楽しみたい」

カフウ「みんなで一緒に楽しみたい。かるたは小道具」

ハネイ「かるたの札を1枚でも多く取るのが楽しい」

というわけで、今日からルールを変更します。

字を読めないハネイに合わせて、絵の内容を私が言うことにしましょう。
例えば「桃があって、桃が割れてる!男の子が出てきた~!!桃太郎の話しです。」
みたいにすれば、絵だけの判断だから、カフウもハネイも同じラインで勝負が出来ます。

これで平和なかるた遊びになるはずです。

かるた

たかえ

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本日、今年最後です。
12月29日(木) 札幌『ヒーリングサロンAzur』

来年2012年は1月3日スタートです。
1月3日(火) 札幌『森のヤシンカ』

1月6日(木) 中川郡幕別町『幕別百年記念ホール』
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この後京都に移動です。
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12.28
Wed
23日から昨日にかけての5日間はいろんなイベント盛りだくさんで、本当にたくさんの人と会いました。

朝起きたらすぐに家を出て、夜寝る時間に帰ってくるという毎日。
疲れてるようで、どんどんパワーが湧き出てくる5日間でした。

23日はエコフェスタと幼児学級の忘年会。
エコフェスタ
            クリスマスツリーの折り方を教えてもらう子どもたち

幼児学級忘年会
            子どもたちとお父さんとの共演

24日と25日は天然村でのAZAMIさんのライブ。
AZAMIさんとは出会ってから4年ほどになりますが、いつもはナオヤとAZAMIさんとのコラボなので、私はほとんど話したことがありませんでした。
今回、初めてじっくり話すことができ、共通の思いがあることがわかりました。

azamixmas4.jpg
            寒がるミノリンに自分のコートを着せてあげてるAZAMIさん

屋久島という素晴らしい自然環境の中で出来ることをやっていきたい。
子どもたちに素晴らしい地球を残していきたいという思い。
真実を語る勇気と大切さ。

話しているうちに「たかちゃん、あなたの思いをぜひ今日のライブで話して!」と言われ、一体何を話したらいいのか?考えましたが、話したいことはいっぱいあって、まとめることが出来ませんでした。

その時間がやってくるまであれこれ考えましたが、結局何もまとめられないままステージに呼ばれることに。

AZAMIさんからの紹介をされている時に、カフウもハネイもステージに来て私にまとわりついてきていました。
ライトがまぶしくお客様の顔は全く見えません。
でも、このライトのおかげでスイッチオン!

以前バンドをやっていた頃の、ライブ感覚を思い出しました。

子どもたちへの思い。これは自分の子どもだけではなく、全ての子どもたちへ。
原発に関すること。
放射線量の高い場所で暮らす友人のこと。
人と人との関係性のこと。
思いつくまま話させて頂きました。

その後はダイちゃんのエチオピアのスライドショー。
誰も知らない、でも、確実に存在する場所をカメラで追い続けてきたその写真から、沢山の人が「何か」を掴んだようです。

今回のクリスマスライブにはいろんな方がゲスト出演しました。
一人一人がそれぞれの方法で伝える真実。
ライブのチカラを痛感した2日間でした。

azamixmas.jpg
            晶子ちゃんの絵のブース

azamixmas5.jpg
            インストゥルメンタルの曲が渋い!

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            話しもめっちゃおもしろい俊郎さん。熱唱中。

azamixmas9
            虫丸さんの能面の踊り。鳥肌もの!

azamixmas7.jpg
            衣装を着て、子どもたちも楽しそうに参加。

そして、25日の午前中は「うみがめのたまご」という屋久島に避難してきた方々の会に参加しました。
何か私に出来ることはないだろうか?という思いから参加させて頂きました。

お一人お一人から震災から今に至るまでの話しを聞かせて頂きました。

感じたことは、避難してきた人たちの「子どもを守りたい」というものすごくピュアな思い。
誰もが正直に真っすぐにその部分を見ていました。
そして、皆さん不安よりも希望に溢れていました。
いろんな思いはあるけれど、全てを受け入れ、過去を振り返るのではなく、今、ここから何をしようか?という一
人一人の溢れる思いを感じました。

経験者が語る、生の声は力があります。
震災を実際に経験した人から出てくる言葉には、ものすごい説得力がありました。
今、何が必要か?
身の引き締まる思いがしました。

こちらの会は今後も月1くらいのペースで開催する予定とのことでしたので、ご興味ある方は参加してみては?

翌日は島の反対側まで、年上の素敵な友人に会いに行きました。オーラソーマのお届けもの。

ずっと忙しい日々が続いていたので、家で全く料理を作れていなかったので、道中の車の中でカフウに
「もう、外で食べるのとか、弁当とかいやだ。ままの料理が食べたい。」と言われ、
「そうだね、母さんのご飯しばらく食べてないもんね。」と答え、いつもは「ままの料理ばっかりいやだ。たまには外食したい!」と文句をいうカフウなのに、珍しいなぁと思いました。

友人の家に行くと、私たちのために芋ご飯を作ってくれている最中でした。

調子がよくないのに、私たちのために台所に立っているのです。
そして、とても時間をかけてお昼ご飯を作ってくれました。

カフウは「おいしい!」とその芋ご飯を沢山食べました。
作り手が見える、家庭料理は外食では味わえない様々なものも味わえますね。
外食と家庭料理の違いって、作り手の思い、食べる人との関係性なんだろうなと思いました。

私たちは芋ご飯とおでんをつまみながら色々な話しをしました。

おまけに暖かいセーターのクリスマスプレゼントまで!
実は向かう車の中で、サンタさんからのプレゼントの服を着ている子どもたちに「カフウやハネイにはサンタさんが洋服のプレゼント持ってきてくれていいな。母さんもたまには欲しいよ!」と言っていたのです。
その話しをすると、「ふふふ。。たかえさんにもちゃんと来たじゃない。よかったわね~」と言われました。

azamixmas2.jpg
            イブの夜中の子どもたちの枕元。朝は喜びの絶叫!

おいしい料理と流れる時間の心地よさについつい長居をしていまいました。

慌てて永田の忘年会へ。

永田の忘年会は、今年の5月に幼い娘を守るために東京から永田へやって来たダイちゃんの家で開催。
囲炉裏を囲んでの楽しい忘年会。
子どもも総勢12人。大人は?いっぱいいすぎてわかりません!

近所に住んでいても、みんな忙しい田舎暮らし。なかなかゆっくり話す機会がありませんが、こういう時はみんな話す話す話す。。。
子どもたちも小学5年生から0歳児まで、一緒になって遊んでいます。

沢山の人が集る宴会は、実家のことを思い出します。
私の実家は年に何回か親戚一同が集る宴会がありました。
子どもは子ども同士遊びます。
大人はお酒を飲みながら、あっちや、こっちでいつまでもいつまでも話しています。
そのうちお母さんたちがちょっとづつ片付けをはじめ、子どもたちも徐々にあちこちで寝はじめる。
分散されていた、人の輪がだんだん固まってきて、そのうち、一つの輪になり、一つの火を囲んでまた会話がはじまる。
小さい頃に見ていた光景と全く一緒。
時代や、場所を超えて、同じ営みです。

家族みたいだなぁと思いながら、真っ暗な道を風の吹くなか、歩いて帰りました。
歩いて帰れる近さ、いいですね。

そして、帰ってから慌てて翌日の餅つきの支度。

餅つきは毎年島の東にある友人宅で行われています。
今年は天気にも恵まれ、最高の餅つき日和。

昨年は島外に出ていたので、1年ぶりの参加でした。
2年前の餅つきとは全てが工夫されていて、みんなの息もばっちりで、仕事がさくさく進みます。

前はもっとバタバタしていて、ゆっくりおしゃべりする余裕がなかったような気がしますが、今年はいろんな方といっぱいおしゃべりをしました。
女性チームはお餅を丸めるのがメインの仕事。
お餅を手際良く丸めながら、おしゃべりに花が咲きます。

もちつき
         これはあんこ入りもち。おいしかった~!

そして、一臼搗く度に「ちょっと味見!」と各家庭のお餅をパクパク。
20臼以上は搗いているので、半分しか食べなかったとしても、10個は軽く食べています。
後になればなるほど、お餅の出来が良くなるのも相まって、ついついみんな食べてしまいます。
我が家の2臼目は今年の搗き納め。最高のお餅が出来ました。
手伝ってくれた皆さん、どうもありがとう。

定番のおでんの方も最高でした!

お腹がいっぱいで、帰ってきてから晩ご飯を食べるのが苦しかったです。

永田の忘年会、年末の餅つき、どちらも子どもが一杯です。
毎年、成長していく子どもたち、新しく加わる子どもたち。
みんな一緒に楽しんでいます。
こういう場を、つながりをずっと残していけたらいいなと思いました。

つきたてのお餅をいつもお世話になっているご近所の方にお裾分け。
皆さん喜んで下さって、みかんやお芋やお菓子を沢山頂きました。
「また遊びにおいでね~」と言って下さる、おばあちゃん達。
カフウとハネイも「また遊びに行くからね~!」とご機嫌でした。

同じ時間を過ごしてくれたみなさん、どうもありがとうございました。
すごーく楽しかったです。

たかえ

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12月28日(水) 札幌『もみの木工房』

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12.24
Sat
赤ちゃんて、好きな時に寝んねして、好きな時にうんちやしっこして、好きなように泣いて笑って。
大人がこんなことしたらただじゃすまないだろう。
赤ちゃんには全てが許される。

お母さんに抱っこされて幸せそうにしている顔。
一心不乱におっぱいを飲んでる様子。

何なんだろう?この生き物は。。。

ある時、一緒に生後4ヶ月の赤ちゃんと山に登った。
私はどこかに出かけるとき、自分で自分の食料を持ち運んだり、調達したりしなきゃいけないのに、赤ちゃんは食料である存在に運んでもらってる。
すごいシチュエーション だと思った。

お母さんに立って抱っこをされている状態を、現在の自分の比率で考えてみたら、そんな高いところで誰かに抱っこされるなんて恐ろしいって思った。
だって、突然何かで落とされることだってあるかもしれないじゃん!と。
赤ちゃんはそんなことまるで考えてない。ただ当たり前に抱っこされている。

以前テレビで赤ちゃんのように暮らす大人を取材した番組があった。
おむつをつけて、ベビー服を着て(もちろん特注品)、ベビーフードをわざとこぼしながら食べ、おむつをして、ベビーシッターにおむつを替えてもらう大人。

周りの人はベビー服を着たおじさんに、奇怪なものを見るような視線を容赦なく向けている。

でも赤ちゃんを見ていると、このおじさんの気持ちがなんとなくわかるような気がする。

赤ちゃんは絶対的な安心感の中にいる。なおかつとてつもなく自由。

このおじさんは多分そこに憧れているんじゃないかと思った。
それがあまりにも突拍子もない表現になってしまっただけ。
というよりも、ここまでやらなきゃ、絶対的な安心感ととてつもない自由さを得るのは無理だったのかもしれない。

だって、大人が当たり前に暮らしている中で、好きなように時間を過ごして、誰の目も気にしない振る舞いをしていたら?と想像するだけで大変そう。
それならここまであからさまにやれば、逆に堂々と出来る。

今日も2人の赤ちゃんを見た。
好きな時に笑って泣いて甘えて。。。

ただそれだけなのにとてつもなく可愛らしい。
みんな赤ちゃんを見ているだけで、どんどん笑顔になっていく。

大人も赤ちゃんのような心の境地で日々を送ることが出来たら、それはみんなが周りの人に笑顔を与え合うことになるのかもしれないと思った。

誰に遠慮することなく、一人一人が安心感の中、自由に生きる赤ちゃんの世界。
憎しみや遠慮の欠片もなく、愛を与え、与えられる。

赤ちゃんの時代は誰もが必ず通ってきた道。
その感覚を呼び覚まそう!

それはなんて素敵な世界なんだろう。

赤ちゃん



たかえ


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12.23
Fri
昨日は冬至でした。

冬至とは二十四節気の一つです。
北半球では太陽が最も低く、夜が最も長くなる日。
生命の終わり。そしてまたはじまる時。

冬至の朝は宮之浦で迎えました。

ハネイはすぐに寝てしまったのですが、なかなか寝付けなかったカフウに奈央ちゃんが「せいめいのれきし」という絵本を読んでくれていました。

それは宇宙が最初にあり、そこに地球が生まれ、そしてまた地球上に水、植物、虫たちが生まれ、滅びというサイクルの中で恐竜や人類が登場し、今の町のスタイルが形成されていったという内容だったようです。

生命の終わりであり、始まりである冬至のイブにふさわしい絵本でした。

幼児学級最終日だったため、朝起きてすぐに、宮之浦を出発し永田に向かいました。

永田に向かう途中の道の至る所で工事が行われていました。

カフウに「何でこんなに工事ばかりあるの?」と聞かれました。
私は「みんなが夕日を見たりする場所をつくっているんだと思うよ。」と答えました。

カフウは「こんなに素敵な場所なのに、どうして?そのままがいいのに。」と言いました。

そして車の中からキラキラ光る海を見ていたカフウが突然祈り出しました。

「やくしまは とても すてきな ところ です。
きれいな ところ です。
きれいな ところが だいすき です。
いつまでも いつまでも すてきな ばしょ、うつくしい ばしょ。
ありがとう やくしま。
ありがとう ながた。
わたしは ながたに うまれてきて よかった です。ながたが だいすき です。ありがとう。
。。。
うみが きれい です。
うみは おかあさん。
ありがとう ちきゅうの おかあさん。」

私は徐々に車のスピードを緩めました。

カフウの祈りが終わる頃には私もハネイも海を見入っていました。

そして3人で「ありがとう!ありがとう!!ありがとう!!」と言い合いました。

ハネイが「はねいはね ままと ちょーちゃんと かふうと じぶんが だいすき。ちちゅうも だいすき。ぜーんぶ だいすき だよ。」と言いました。

私も「母さんもね、カフウもハネイも父ちゃんも自分も大好きだよ。みーんな、みーんな大好きだよ。生まれてきてよかった。生まれてきてくれてありがとう。これからもずっとずっときれいな地球だね。」と言いました。

その後永田に着くまでの車中、ずっと3人で好きなものを言い合いました。
そしてその度に大声で「ありがとー!」と叫び続ける二人。

子どもたちは「とうちゃーん!」って何度も何度も呼んでいました。
呼んだ後は耳を澄ませて「返事が聞こえたよ!」「カフウ~ハネイ~って言ってるよ!」と言い合ってる二人の会話を聞いて、ただただ幸せだなぁと思いました。
ナオヤにも、きっと聞こえたと思います。

それから、地球にも聞こえています。

幼児学級から帰ってきたカフウが「せいめいのれきし」の本の内容を教えてくれました。

最後に「私はやっぱり ちきゅうが おかあさん だと おもってた けど、その とおりだった。だから、みんな おんなじ おかあさんから うまれたから、みーんな みーんな かぞく だね。かぞくは みんな やさしく して くれるから、みんな かぞく だから、やさしく できるね。いじわる しても、また やさしく なれるね。わたしも けんか してもまた やさしく なれるよ。みんな かぞくで ほんとうに よかった!」と一言。

最近生まれた頃からのずっと仲良しだった友達とけんかをして、引きずっていたカフウですが、もう仲直りするよね?と聞いたら「今度会ったら名前を呼んでみる。」と言ってにっこりしました。

その後冬至の絵を描き出しました。
大きな地球のおかあさん、その中に鳥のおかあさんに抱かれている星や赤ちゃんや葉っぱたちの絵でした。
絵を描くことがカフウの祈りなのでしょう。

冬至の祈りが宇宙の隅々まで届きますように!

冬至の祈り

余談ですが、冬至の今日、車が壊れ、動かなくなりました。
それは今日初めてお会いした方の、屋久島移住のための準備が整った直後でした。
夜だったのに、はかりや自動車さんが代車を持って来てくれました。
おかげで無事お布団で寝る事が出来ました。
本当にありがとうございます。

終わりとはじまりを体感した一日でした。

たかえ

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本日です!12月23日(金・祝)『出雲くすのきプラーザ』島根県出雲市

来週は北海道に移動。
北海道はナオヤの故郷です。

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