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11.29
Tue
先日、絵描き∀kiko&DJ Nobuya&ソウルファミリーたちによるアートショーが麦生の六角堂でありました。

六角堂、初めて行きましたが、とても素敵な場所でした。
全て木材で出来ているためか、ぬくもりがあり、暖かさを感じる場所でした。

そんな雰囲気の中の「I Love nociw」展。まさに∀kikoの愛があふれる空間になっていました。

アイラブノチュー

阿蘇でも「I Love nociw」展を経験していたので、全ての絵を見ていました。
そしていくつか気になる絵もあって、そういう絵は、何度もまじまじと見ていました。

私が阿蘇で「わぉ!」って思った絵は、ノチュウが子どもを生み出す瞬間の絵。

私は二人の子どもを帝王切開で産んでいるので、産み出す瞬間は経験していませんが、この絵を見て、太古の記憶が揺さぶられるような感覚を持ちました。
産み出す瞬間の電子的なビリビリした感じ。
陣痛のクライマックスで、バチバチ静電気を飛ばしながら、大きなうねりの中で生命を振り絞る。

体験したことないのに、はっきりとその感覚が自分自身の中に沸き起こりました。

でも、今回行って真っ先に見たのは別の絵。
4・20と描いてある、ノチュウのおっぱいにすいつく3匹の子犬とその脇にいるもう3匹の子犬の絵。

というのも、この絵が2日前の夢に出てきたのです。

細部までしっかり見た記憶がなかったのに、夢の中にあまりにもくっきりと登場したので、夢の通りかどうか確かめたかったのです。

そして行ってみて、絵を見てみると・・・

アイラブノチュウ2
                                    4・20 右上の絵

完璧に夢の中で見た絵と完全に一致。
思わずにやけるほど。

絵に描かれている4・20の文字も夢で見たのと全く一緒。

実は私の誕生日が4月20日。
ノチュウの6匹の子犬たちと同じ誕生日なのです。

私の誕生日に産まれたと聞いたときも興奮しましたが、この夢との一致にさらに興奮してしまいました。
人間に備わってる記憶能力の潜在的な力を感じました。

それと同時に、ワンネスの感覚も。




全ての物は繋がっている。
バラバラの存在ではなく、全ては繋がっているんだ、と深い深い安心感を感じました。


宇宙にぽっかりと浮かんでいる私は愛そのものでした。


何も心配することはない。
思うままに生きればいい。




そしてそのメッセージそのままの歌を高志くんが歌いました。

「わくわく わくわく ライフワーク
自分の一番大好きなこと。やりたいことを やってみよう!」

その通り!

そして、どこだろうと、どんな状況だろうと大騒ぎする子ども達に
「静かに!」と言ったら、
「自分のやりたいことをやろう!自分のやりたいことをやらなきゃ、生きてないのと一緒だよ~」と言われて何も言い返せなかった私です。

アイラブノチュウ3
∀kikoとマリオちゃんのポエトリーリーディング

アイラブノチュウ6
NobuyaのDJ、&総合プロデュース  上から見てるのがNobuya



アイラブノチュウ4
キーボードのあきちゃん&健太くんの生花

アイラブノチュウ7
高志くん、あきちゃん、奈央ちゃんによるバンド



アイラブノチュウ6
ナオヤのクリスタルボウル



みんなで楽器を持ち寄ってのセッション



アイラブノチュウ8
子ども達による寸劇等々



みんながやりたいことをいきいきとやり、楽しい時間を過ごしました。


アイラブノチュウ10


私も、参加者のみんなも楽しいバイブレーションの中にいました。
そして、楽しいことってすごく強大なパワーですね。

みんながあっちでも、こっちでも、口々に自分のやりたいことを話していて、そのワクワク感が会場一杯に広がっていました。

私も自分のやりたいことをどんどん遠慮なくやっていこうと思います。

みんな、ありがとう!

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11.26
Sat
屋久島安房出身のミュージシャンAzamiさんのツアーでガイドをさせて頂いています。
毎年、全国からazamiさんのファンの方がたが屋久島に集います。

今回はファミリーで参加された方といっしょに屋久杉の森にお邪魔しました。
あざみつあー2

この杉は名もなき大杉。
おそらく2000年近く生きていそう。
普段人がほとんど足を踏み入れないような登山道にひっそりと佇んでいます。

あざみつあー1


azamiさんのパートナーの浦田さん(写真右側)は、
あの名作アニメ『AKIRA』のサウンドを作ったサウンドプロドューサー。
azamiさんの演奏会では一緒にコラボさせ頂いています。
クリスタルボウル演奏を聞いてくれて、アドバイスをしてくれます。

色々面白いことを手がけていて、最近は屋久杉でディジュを作っています。
屋久杉から奏でられるその音は、なんとも形容しがたいやさしい~音が出てきます。


以前、北海道でインディアンフルート作りをされている小野さんが屋久杉でフルートを作っていて、その音色を聞かせて頂きました。
インディアンフルートは木でできている楽器で、なんの木でできているかによって音色が全く違ってきます。
何百本も作っている小野さんは『屋久杉の音色はほんとにやさしいんだよ』と。
今後も屋久杉インディアンフルートが世に出てくるはず。

みなさんいつか呼ばれて、屋久杉の楽器をどこかで聴く機会があると思います!
お楽しみに~

あざみつあー3




翌日は朝一番のクリスタルボウルヒーリング。
いなか浜にある送陽邸のビーチテラスにて。

送陽邸は引っ越してきたばかりの頃、バイトさせて頂いたところで、ファミリーで良くして頂いています。
あざみつあー11
とにかくロケーションや建物がオシャレでお勧めのお宿!


西部林道周りで空港までの屋久島リトリートツアー。
森の中の名もなき滝で水の音を聴きながら、リラックス。
あざみつあー13

カイホー屋ツアーオリジナルのやまびこポイント。
やっほ~~!!
ありがとう!!
みんなそれぞれの屋久島への思いをのせて。。

声がこの渓谷一杯に回ります。
なんとも不思議な山、森。
あざみつあー14

大川の滝でお昼ご飯を食べて、

中間のガジュマルへ。
あざみつあー15
この生命力、いのちを感じます。

ガジュマルにさよならを言ったあと、次の海中温泉を向かう途中、
お客様が飛行機の出発時間が3時間早いことに気がつきました。。

焦りましたが、無事に出発時間前に飛行場に到着!


良かった~~
あざみつあー12
またアザミツアーで、皆さんとお会いできるのを楽しみにしています!!

なーや

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11.25
Fri
今日は私がちょこっと用事を済ませてる間に、カフウとハネイと近所の仲良しショウヘイが小学校に遊びに行った。

用事を済ませて学校に迎えに行くと、この3人と小学生のお姉ちゃん2人の間でちょっとした小競り合いが勃発してる。

面白いので様子を見てることにしました。

どうやらカフウたち3人は、2人のお姉ちゃん達が秘密基地として遊んでいる場所へ入り込み、そこで遊びたいんだけど、ここは秘密基地だから入ってはダメと言われている様子。

秘密基地だから出てってというお姉ちゃん二人に対し、

ショウヘイは「僕たちだって遊びたいんだから、遊ばせてよ。どうして遊んじゃだめなの?」と抗議してます。

ハネイはひたすら「あっかんべー!」と言い続ける。

カフウは無言。ただみんなの顔を黙って見てるだけ。

おかしくって笑いをこらえながら観察。

そのうちお姉ちゃん2人が「じゃあ、カフウだけ仲間に入れてあげる。カフウは聞き分けが良さそうだから。」

カフウはまだ黙ってる。普段はこの二人とも仲良しのカフウ。どうするんだろう?

ショウヘイはその間も「だって、ここはみんなの場所でしょ?どうして?僕たちだって使ってもいいはず。そう言うこと言うのは意地悪だよ!」と正当な意見を主張。
でもことごとくはねつけられてる。

ハネイは相変わらず「あっかんべー」を言い続ける。
その都度、「ハネイうるさい!」「ハネイこそあっかんべーだ!」と言い返され、どんどん激化。

カフウが突然「ヘイ君、ハネイ、私たちはおうちに帰ろう。おうちで一緒に遊ぼうよ!」と言い、そこからスタスタと歩き去って行ってしまった。

ショウヘイもハネイもカフウについて立ち去る。

残されたお姉ちゃん二人は意外な展開だったようで、「えっ!」と言い、3人の背中を見つめてる。
そしてすごーく寂しそうに「二人で遊ぼう。。。」と二人でとぼとぼその秘密基地から立ち去ってった。

二人のお姉ちゃんに「一緒に遊べばよかったのに」と声をかけたら
「別に~。じゃあ、今度遊んであげるよ。」だって。

この寸劇、すごくおかしかったです。

帰り道「秘密基地で一緒に遊びたかったね。」と私が3人に言うと、3人とももうすっかり忘れていて「へ?」って感じ。
家に帰ったら、庭のみかんの木のみかんちぎりをしようという話しをしていたので、それ以外のことはもう頭になかったようです。

3人の子どもは「みかんちぎり~!」「にほんみかんばなし」「ぷぷ!」「それは にほんむかしばなし だよね~」「みかん、みかん、みかーん」と叫びながらあぜ道を歩いて帰りました。

子どもって面白いね。

子ども劇場
                      ショウヘイはカフウと同級生。現在6歳。これはまだ4歳の頃。
                      いつもニコニコしてて、おまけに男気もある素敵な少年です♡

たかえ

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11.24
Thu
私はアリス症候群です。

アリス症候群とは
典型的な症状は、眼に障害がなく外界が通常と同じように見えていると考えられるにもかかわらず、一方では主観的にそれらが通常よりも極めて小さな、または大きなものになったように感じられたり、ずっと遠く、あるいは近くにあるように感じられたりする。 例えば、子供が自分の母親が自分より小さくなったように感じたり、蚊が数十 cm もあるように見えたりする。 自分の体は逆にそれぞれ大きく、または小さくなったように思うこともある。
ウィキペディアより

それに加えて、私の場合は
音(特に声)がおかしく聞こえる。
時間がおかしく感じる。

これをどうおかしいか、言葉で伝えるのは難しいのですが、その感覚が来ると「あ、来た!」と分るのです。

アリス症候群という言葉を知ったのは大人になってからです。
今では年に1、2回あるぐらいですが、子どもの頃は毎日でした。

小学生の頃は先生の声がだんだんどこか別の空間の中に入っていき、そのうち先生の腕だけがめちゃくちゃ太くなったり、すぐそこにいるはずの先生がものすごく遠くにいるように感じたりしました。
いろんな状態があるのですが、とにかく全てがさっきまでとは全く別物、別世界になるのです。

いつの頃からか、アリス症候群の状態になると1人空想遊びをするようになりました。

自分がすごく小さくなって、定規の目盛りを飛び越えて遊んだり、反対に大きくなって、教室の窓から手や足がにょきにょき出し、校舎ごと持ち上げてみたりです。
不思議の国のアリスの状態です。

アリス症候群1
                             カフウとハネイが作った小枝の花壇

アリス症候群
                             体が小さくなると、木登りして遊べるね!

中学生くらいになるとその状態で遊ぶという感覚はなくなり、ちょっと気持ち悪すぎて寝てしまったりすることもありました。

高校生になって、突然その感覚を受け入れようと思うようになり、またアリス症候群で遊ぶようになりました。

つまらない授業中にアリス症候群がやって来ると、先生の体のパーツがすごいことになってくるので、ロボットみたいに車輪をつけてみたり、顔を超合金のような素材にしたりして楽しんでいました。

そこに入っていく時は、ほぼ聴覚の変化から始まります。
来たなぁと、徐々に視覚をコントロールしていきます。

コントロールは不可能という説もありますが、そんなことはないです。
私は細部は自分の見たい(感じたい)ようにコントロールしていました。

ある程度集中力がいるので、一緒に居た友達はおかしいなと感じてたんじゃないかと思います。

高校生の時は、授業中に友達とノート上で筆談おしゃべりをしたり、こそこそ話しをしたりしていました。
この状態になると、突然口数が少なくなったり、ぼーっと1点を見つめたり。

でも、なるべくさとられないように細心の注意は払っていました。

高校卒業後、美大を受験するために美大受験のための予備校に通いました。

そこでデッサン中に講師の先生に噛み付いてたことがあります。

先生は私のデッサンを見て
「何で中村(私の旧姓)はこういう風に描くんだ。全然違うじゃないか。人間の頭はこんなに小さいか?よく見てみろ!」と、私のありとあらゆるデッサンで、いろんなものの大きさの違いを指摘するのです。

私は「何で、頭の大きさがもっと大きいだなんて言えるの?小さくなる時もあるんだって。だいたい、物の大きさなんて、人それぞれ違うもんじゃないの?大きさが決まってるなんて大間違いだよ!」と言い返していました。

先生は「話しにならない。そんなんじゃどこの大学も受かんないぞ。」とあきれ果てていました。

私はかなり頻繁にアリス症候群になっていたため、何がどう見えるかなんて、ホントのことなんか誰にも分かるわけがないと思っていました。

時間に関しても、アリス症候群になると、時計の針がすごく速く動いたり、一瞬がものすごく長く感じたりで、声が「こぉ~~~~~~れぇぇ~~~~~~もぉ~~~~~~~~~・・・・・」とものすごく間延びして聞こえたりするので、時間は伸び縮みするかもしれないと思っていました。

成長するにつれ、世の中の仕組みを叩き込まれるので、自分の体験しているこの状態はものすごく異常なことなんだということは理解はしていました。
それにもかかわらず、毎日の自分自身のリアルな体験なので、奥深いところで、どっちがホントかなんて分んないな、とも思っていました。

大人になってから両親にこの話しをするとすごく驚いていて、でも、何事もなくここまで成長しているんだから、まぁよかったということになりました。

ホントのホントなんて、誰にも分らないと思います。

でも、その一人一人がそれぞれ捉えている存在は確かにあるのです。
触れる、見れる、聞こえる、匂いを嗅げる等、その背後にある何か。

それはそれを知覚している一人一人です。

それこそが本質ではないでしょうか?
つまり、私がいなければ、何もない。

今度アリス症候群がやって来た時は、私が本質と思っている、その部分にフォーカスしてみようと思っています。

たかえ

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11.22
Tue
クリスタルボウルをならすと
「もうそう ちよっ!」と言って、あぐらをかいて瞑想ポーズをとるハネイ。

妄想


『瞑想』と言えなくて、『妄想』になっている。

私も一緒にいろいろ妄想してみる。

妄想しだすとすごいところまでいっちゃって、自分でもおかしくなる。
楽しい妄想をして、くすくす笑っているとナオヤに「何笑ってんの?」と聞かれる。

妄想の中身を話すと大抵あきれられるけど、時々「それすごいね!」と妄想の中にすごいヒントがかくされていることもある。

子どもの妄想はかわいい。

カフウが時々する空想遊びはまさにファンタジーの世界。

空を飛ぶのは当然だし、動物や木や花や石が会話をする。

そして素晴らしいと思うのは、全てに神様が宿っていて、鬼がいて、その共存っぷりが面白い。

「空の鬼さん、雨を降らせてください。雨は降らないのだ。雨じゃなくて涙が降るのだ。涙は痛いと出るから転んでみろ。いて!うえーん、うえーん、うえーん!ほら、ハネイもエーンて泣くんだよ。」
「ともだちぃー あさなったら つよいよ。ハネイはつよいから えーん なかないよ。」
「泣くの。はねい 朝になったら 泣くんだよ。」
「ともだちぃ~。あさ ならないよ。ひかりおぉ あげない!きゃは!」どすっと転んでエーンと泣くハネイ。

よくわからない会話が永遠に続いてる。
現実と空想の世界を何の問題もなく行き来している。

私も仲間に引き入れられるけど、どうも長くは続かない。
すぐに現実に戻ってしまう。

今日は風ごっこをしながら、幼児学級までの道を歩いた。

「バブちゃん風吹け~!」と私が言うと、ハネイが走る。
「お姉さん風吹け~!」と言うと、カフウが走る。
「鬼風吹くぜぃ!」と言って、私が走ると、ハネイが「くわい(怖い)からやめて、ママ」と泣かれた。

近所の方が、泣いているハネイに「ほらほら、これをあげるからもう泣かないんだよ。」とシーズン目の前のぴちぴちポンカンをくれた。

ハネイはそれを「ちょうちゃん(父ちゃん)にもあげるの」と食べずに持って帰った。

地獄の話しを最近良くしているからだと思う。
いいことすると天国で、悪いことすると地獄って。

以前テレビ番組で「日本むかし話」というアニメがあった。
それをYOU TUBEで見るようになって、そこに地獄の話しが出てきた。
地獄ってどんなとこと聞かれて、私なりに怖い設定を考えて話してみた。

針地獄とか煮えたぎる釜で煮られる、金棒で殴られる。あちこちから血が出て、痛い。そして鬼に食べられる。

二人とも神妙な顔で聞いていた。そして「じごく やだ。。。」と言って二人とも泣いた。

天国の話しもした。

カフウは「じゃあ、死んだらみんな地獄へ行くの?」と言うから「何で?」と聞くと、

「だって、私たちは今天国にいるでしょ。」だって。

「今いるところは、お花がいっぱい咲いてるし、鳥も泣いてるし、海も川もあるし、みかんもおやつも食べれるし、みんなと遊べるし、父ちゃんやママやじいじやばあばや、優しくしてくれる人がいっぱいいる。ここは天国ってことだよね。」

私にいくら怒られても、泣きながら片付けをやらされても、チョコレートをちょっとしか食べれなくても、いつも幸せなんだって。

なんだかうれしすぎて泣けてきてしまった私でした。

妄想2
                  幼児学級の文化祭の出し物のために描いた背景画。森の中。
                  下絵をほぼカフウが描いて、色塗りを父兄で手伝った。
                  ファンタジーな感性が溢れている。


妄想の話しからだいぶそれちゃったけど、「ま、いっか~!」
「ま、いっか~!」って言うのが、最近の我が家の流行語なのです。

たかえ

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11.21
Mon
先日阿蘇の旅のことを日記に書きました。
そこに、幼い頃、松の皮を剥いていた話しがあります。

私の実家から歩いて1分もしないところに神社がありました。
神社の敷地はとても広くて、沢山の木があり、ブランコが3種類、滑り台、いろんな遊具がついている大きなコンクリの山、鉄棒等もあり、そこで少年野球チームが練習をしたりもしていました。

物心ついた頃から、そこが一番の遊び場でした。

その神社には沢山の松の木がありました。
松の木の皮は子どもの手のひらくらいの皮が亀の甲羅のような感じについていて、引っ張るとぽろっとはがれます。

私は松の皮がぽろっとはがれるのが面白くって、しょっちゅうぽろぽろはがしていました。

ある日、いつもの様にぽろぽろはがしていると、おじいちゃんが現われて
「こら、たかえ!木の皮をそんな風にはがしちゃいかん。木が死んでしまう。木が弱って、そのうち病気になって、木が倒れてしまうぞ!」とこっぴどく怒られました。

いつも厳しいおじいちゃんでしたが、その時はいつも以上にかなりひどく怒鳴りつけられた覚えがあります。

私は今までさんざん松の木の皮を剥がしてきたので、すごく怖くなってしまいました。

でも、ぽろぽろと剥がす快感が忘れられず、頻度は少なくなったとはいえ、こっそり木の皮を剥がし続けました。

剥がす度に「もし、この木が倒れたらどうしよう」とか「木が病気になったらどうしよう」と思う反面、
「全然おかしくなってないじゃん」「もしおじいちゃんの言ってることが本当だったら、私が剥がした松は倒れてるはずだから、きっと脅しなんだ」と思ったりもしていました。

剥がす度に、ひどい罪悪感に苛まれながらも、木の皮を剥がさずにはいられない自分をしっかり認識していました。
私の記憶ではまだ幼稚園に通っている頃です。

ナオヤに「剥がしちゃいけない理由を聞いたのに、たかえはやり続けたんだね。何で?」って聞かれました。

「だって、本当に倒れた木なんて1本もなかったよ。もし倒れてたら多分ビビってやめただろうね。目の前に結果が見えてこなきゃ、子どもなんてやり続けるよ。そんなもんでしょ!」

ナオヤに「大人になっても同じことしてるよね。」と言われました。

は、はい、その通りです。

そう言われて考えてみれば、今でも全く同じことをしています。

結果には必ず原因がありますが、原因の段階では結果が見えない。想像できないのです。

そして何をもって結果というか。

私の子どもの頃の松の木の皮を剥ぐという行為は結局は松の木が倒れるという結果は残しませんでしたが、倒れるかもしれないという原因をずっと作り続けて来たのです。
でも松は倒れなかった。それは幸運だっただけかもしれない。

でも、もし万が一松が枯れでもしてたら、と想像しても仕方がないけど、それでもと仮定してみると、
その後の私の人生は大きく変わったかもしれないと思います。

誰もが何か、大きなことが起こらないとなかなか変われないのかもしれません。

日本はまさに今その時を迎えていると思います。

もう十分私たちは痛手を受けました。
あとは進むだけです。

本当の幸せ、一人一人もれることなく幸せへの一本道を進んでいける時のような気がします。

「松の木さん、いっぱい皮をはがしてごめんなさい。もう絶対に剥がしません。」
今度実家に帰った時には、神社の1本1本の松の木にそう挨拶に行こうと思っています。

松の木
                           こちらは永田にある松の木のある公園/中地公園

たかえ

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