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06.30
Thu
高校時代からの友人の話し。

A(仮称)はアーティスト。山奥でもの作りをしている。
酒飲みでちょっと荒くれ女のくせに照れ屋!
でもめっちゃやさしくって、料理上手で、私に田舎暮らしのキラキラを教えてくれた人。
そして人の名前を全く覚えない。
そんな人。

1e虹半分
                                屋久島永田の山々をぐるっと囲む大きな虹

Aが見たもの。

ある日の夕暮れ、家に帰る途中、何気なく山の方を見ると、青く光った巨大な「王」という文字が山の谷間に落ちて行った。
自分が見たものが信じられなかったそうだ。

そりゃそうだと思う。
もし自分だったらと考えると、ちょっと怖いくらいだ。

彼女はその日を境にいろんな不思議な現象を目にしたり、突然声が聞こえたりするようになったそう。

具体的にどんな感じなのか聞いていったら、本当?って聞き返すようなことばかりだった。

いろいろ聞いては「まじ?」とか「えー、それちょっとすごすぎじゃない?」と返事をする私。

そのうち、「でしょ?普通信じられないよね。私も、自分のことなのに、全く信じられなかったよ。っていうか、自分は気が狂ったのかと思ったもん。」と言った。

東京に住んでいたころ、毎日のように一緒に飲み歩いてた大親友だ。
なぜ言ってくれなかったのだろう?

「どうしてもっと早く教えてくれなかったの?」と聞いたら、
「だってさっきから『うそ!』とか『えーっ!!』ってずっと言ってるじゃん。」と言われた。

確かにそうだった。
とにかく、全てが驚きの内容だったから。

でも、今の私はそれを信じることができる。

彼女も「昔は、どうせ言っても、私が狂ってるって思うだけだったでしょ。でも、今だったら、きっと分かってくれるって思ったからね。」と、さらにいろんな話しをしてくれた。

確かに私もUFOを見たし、不思議な体験をしたりした。
そしてそういう話しを彼女にしたから、今なら話せると思ったようだ。

しばらく連絡を取り合ってなかったけれど、震災をきっかけにまた彼女と長電話をするようになった。
この話しをした日より、何日か前も、ナオヤもあきれる程、電話でいろんな話しをしていた。
昔のこと、震災のこと、共通の友人のこと、政治のこと、農業のこと、アートのこと・・・いくら話をしてもつきないほど、いっぱい話すことがあった。

この日も最初は見解の違いから始まり、さんざん意見を戦わせ、お互いちょっと疲れ気味になった時にこの話しがでてきた。

私「もう、みんなやりたいことやるしかないね。」

A「そう、初めてやってみたんだよね。」
私「私から見ると、Aはいつもやりたいことやってるように見えるけど!」

A「違うよ。初めて声を無視しないで、その声に従ってみたんだよね。」
私「聞こえてくる声?それで、何したの?」

A「国分寺の木に会いに行って来た。バカみたいでしょ。なんかね、国分寺の公園の木に会いにいけとか言うからさ。どうしようかと思っちゃったよ。」
私「え、なにそれ?!」(というのも、彼女は関西の山奥に住んでいて、国分寺は東京だから思い立ったからすぐという距離ではない)

A「今までそういうのあっても無視して来たんだよね。完全に無視。だって意味分かんないじゃん。でも今回は何となく従ってみようかなって思って、思い切って行ったんだよ、国分寺まで!」
私「で、どうだったの?」

A「木の上にすっごいでっかい曼荼羅があった!ウケるでしょ!!」
私「うわー、すごいね~!!で、その曼荼羅は何なの?」

A「(曼荼羅の説明)」
私はそれを聞いていた。

A「でもね、大事なのはその曼荼羅じゃないんだよ。そこに行くまでのプロセス、そのために会った人が大事なんだってことだったね。」

彼女は東京に行くために、東京での個展をセッティングして行っていた。
ただ行ったわけではなかった。

A「もちろんその曼荼羅からもすごいメッセージをもらったよ。」
私「どんな?」

A「これからのこと。これから起こること。」
私「聞かせて、これからどうなるの?」

A「うーん、私の口からはうまく説明できないな。」
私「何で?!ケチ!教えてよ。そこでもったいぶらないでよ!」

A「だって、それは私から見たものであって、私がこれからのこと言っちゃうと私の目からみた世界になっちゃうから。例え同じものを見ていても、同じ状況にいても、その人その人違うんだよ。何を見て、何を感じるかは、一人一人違うから。だから、私の目から見たものを先に言っちゃうとそういう目で見ちゃうでしょ。」

私「でも教えてよ!」

A「じゃあ一言だけ。私はちょっと辛かったけど、たかえにとっては何ともないことかも。多分ね。ただ、何にも心配することはなくって、大丈夫だってことだよ。」
私「大丈夫って?」

A「大丈夫は大丈夫だよ。」
私「分かったよ。でも、教える気になったら教えてね。」

A「誰にも教えなーい。ザマーミロだ!!」

こんな感じの会話だった。

彼女はこういう体験をするようになってからの10年間は狂気の中で生きて来たという。
まるで自分のことが信じられないし、人のことも信じられない。信じると裏切られる。そんな繰り返しだった。

でも、自分の体験を受け入れられるようになってから、やっと平穏に落ち着いて暮らせるようになった。

自分を受け入れるってことを猛烈な方法でやらされた彼女。
私も震災後、いろんなことを見たり聞いたりするたびに、自分を責めたり、人を責めたりで、かなり精神的にまいっていた。
でも、それを10年以上も!と思うと、ため息が出た。

「よかったね。」と言うと、「うん。」と嬉しそうな返事をくれた。

「今はみんな、ある意味、狂気の中にいるよね。でも、今の状況を受け入れないと、そこで責めてたら、ずっと狂気のままだよ。」
「受け入れたら、楽しくなるね。どんなことでもまずそこから!でも自分に嘘をついちゃだめだよ。」

そろそろ屋久島にも遊びにこようかなと言っていたので、楽しみにしてる。
一緒にUFOを見る約束をした。
それから、受け入れられるようになったときのことも聞いてみたいな。

ありがとう、A!

たかえ

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06.28
Tue
つぼみの状態から、花が咲き、そして枯れていく。

この様子を1ヶ月かけて毎日描いたことがある。

19歳の頃だったと思う。
その頃美大受験のための予備校に通っていた。

それぞれ描いたデッサンをずらりと前に並べて、先生がいろいろアドバイスをするという講評会というのがあった。

私はデッサンが苦手だった。
何をどう描いていいのか全くわからなかった。

その日は美大受験のちょっと前で、静物デッサンが課題だった。

いつもと同じく、いまいちなデキでイヤだったけど、まぁこんなもんだろうと思っているうちに、自分の絵の順番を迎えた。

すると先生は、いきなり「やる気あんのか?これじゃあ、何浪したってどこにも受からん!」と私のデッサンを指し棒(って言うのかな?)でばたんと倒した。

恥ずかしさと、いらだちで、私はそこに置いてあったストーブを思いっきり蹴飛ばして教室を飛び出した。

いてもたってもいられなくて私は国分寺の町中をあっちやこっちをうろうろ歩き回った。

でも、あんな風に激高してしまった自分が恥ずかしくもあった。

そのうち友達にひょっこり会い、自分の思いを打ち明けたら、その友人は「毎日同じものを描き続けるとうまくなるらしいよ!俺は畳を毎日描いたよ。」と教えてくれた。

私は畳にはあまり興味を持てなかったし、変化のあるものを描いてみたいと思い、花を描いてみようと思った。

駅前の花屋で、一番描きやすそうだからという理由でガーベラを選んだ。

1日目は花を買ってきて、それをやりはじめたことにワクワクして描いた。

翌日はもう飽きてしまって、こんなことするんじゃなかった。と思いはじめていたけど、悔しいという思いから描いた。
3日目、4日目、5日目・・・だんだん続けるのが苦しくなってきた。
でもやっぱり、悔しいという思いから描き続けた。

描く、見る、描く、見る。。。繰り返し

絵を描いていないときも、気になって気になって、どうにかしてこのガーベラという花の特徴を掴んで表現してみせる!という思いで観察した。

何日くらいたったかな?
ある日突然閃いたかのように、すごくいい感じに描けた日があった。

それを仲良しの友人に見せたら、「あんたは飽きっぽいから、これをづっと続けたら、認めてあげる!」と言われて、またまた初日に感じたようなショックに襲われた。

そしてまた悔しいから描くという何日間が続いた。

そうしているうちに花は段々枯れてきて、もうこれは枯れたから終わりにしよう。という言い訳が自分の中に生まれてきたけど、今度は仲良しの友人の言葉が耳に残っていたので、見返してやろう、と動機で描き続けた。

そのうちまた何かが閃いたように「これはいい!」という絵が描けた。

そういうときは、予備校でデッサンを描いていても、全く違う感覚だった。
そして、先生も「これ、お前が描いたのか?」と聞いてくるほど、何かが違う。
何が違うのか、よくわからないけど、その頃はテクニックとして、焦点をずらすと描けるのではという気がしていた。(今考えれば、ほんとピントがズレすぎですが。。。)

そして、毎日変化して行く花を1ヶ月描き続けた。

最後はしなびて、花びらもほとんど落ちていたけれど、その枯れていくガーベラを美しいと思った。

そして、デッサンてこうゆうもの。みたいなのが掴めたような気がした。
それは、今まで全く違ったものを見ていたなぁという発見だった。

花を描くというのは、花を描くんじゃなくって、花の周りの空気を描くみたいな感じ。花を含めた全てを描く。

そしてその1ヶ月分の絵はある友達にプレゼントした。
友達はあまり嬉しそうではなかったし、どちらかというと迷惑そうでもあった。

プレゼントして、その絵を描いているときに感じたことを共有したいと思ったけど、うまく伝わらず、
最後は、遊んでばっかいないで、もっとしっかり勉強しろ!もっと真面目に絵を描いたらどう?みたいに説教されて、私もいろいろ言い返したような気がする。

まぁ、この友人とはいつもそんな感じで、仲良しだけど、いろいろ言い合う仲だったので、全く気にもならなかった。

でも、あの時もし私がもっと大人で、自分の経験していたことを言葉で表現し、それを確実に自分のものにしていたら。。。

とちょっと思うのです。

結局、その時感じたことは、すっかり忘れ去ってしまっていたのだけれど、ツイッターで「枯れていく花もきれい」とつぶやいている人がいて、突然ありありと思い出した。

1ヶ月のガーベラのデッサンで私が見たものは、すごいものだったかもしれないということを。

思い出したよ!

アオムシ
                 よく見ると。。。きれいなんだか、気持ち悪いんだか。。。わかんなーい!


たかえ


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06.26
Sun
平和とか、幸せってなんだろう?

選ぶハネイ
                             どれ選ぶんだろ?と思ったら、木の実を置いた!

子どもたちを見ていると、幸せって、周りは関係ないってわかる。

部屋の中にいろんな物が散乱して、散らかっていようと、
食べ物やらペンやらがついて、きったない服を着ていても、
蚊に刺されて、あちこちかゆそうで、ぼりぼりしてても、
放射能が降り注いでる世界だろうと、

全く関係なく、幸せそうに見える。

それより、
私が怒ってたり、
セロテープが思ったように貼れなかったり、
おやつの量が自分の方が少ない(同じ量にしてても、違うように見えてしまう不思議さ!)とか

そんなことのほうが子どもたちを
幸せじゃなくさせてる。

だから、私が子どもの幸せを願っていろいろやることは、子どもにとっては大抵筋違いだったりする。

そう考えると、誰かが誰かのことを思ってやることって、もしかしたら、大抵筋違いだったりするのかも。
と思う。

馬毛島に軍事施設が出来たら、平和じゃなくなる気がしてるのは私。

原発が存在し続けたら、平和じゃなくなる気がしてるのは私。

私は私が幸せで平和になるために、そのためにできることをしようと思った。

でも、でも本当は馬毛島のことや原発のことなんて考えたくない。という私もいる。

ただ毎日のんびり、ぼんやり、音楽聞いたり、美味しいもの食べたり、お酒飲んでほろ酔いしたり、友達とわいわい騒いだり、絵を描いたり、太陽や星や月を愛でたり、泳いだり、歩いたり、家族みんなで一緒!・・・そんなふうに過ごしたいよ。

じゃあ、そうすればいいじゃん!

って感じだけど、そんなふうに出来ないのが私なのだ。
もう、子どもの頃から変わらないって最近つくづく思う。そういう性分。

この歳になって、ずっと同じ自分が変わらずに「在る」ってことを経験として分かった。

ふー、毎日こんな風にぐるぐるしてる。毎日毎日毎日すごいアップダウン。

でも変わらずそこに在り続ける「私」という存在。


馬毛島の軍事施設化
原発の存在

どちらも本当にやだ!

それは本能からの、直感からのもの。
理由なんてない。
理由はあとから、左脳が考える。
そう、理由なんて本当はどうでもいいもの。

社会的な存在としては、この発言は全く無視されるものかもしれない。
けど、地球に住んでる一生命体としての「いらない!」「いやだよ!」っていう気持ちを大切にしていきたい。


気持ちを行動に移して、日々を生きる。
新町神棚
                        集落内のあちこちに神棚をつくって、花を供える子どもたち



その積み重ねの中で、よりよい解決策が見つかるでしょう。



『NO BASE 馬毛島』オンライン署名 締め切り7月上旬
ご協力よろしくお願いします。
地球上から、全ての争いのための施設がなくなりますように・・・


馬毛島関係の情報はこちらをごらん下さい。 
『NO BASE 馬毛島』

『馬毛島の軍事施設化を許さない屋久島の会』



たかえ

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06.24
Fri
馬毛島の軍事施設化を許さない署名」オンラインフォーム



先日「馬毛島の軍事施設化を許さない屋久島の会」の第2回目の会合へ出席してきました。

馬毛島は屋久島の隣り(距離にして約40キロ)に位置する島。
ここに米軍の飛行訓練基地がつくられようとしている。

この話しを聞いたのは約1ヶ月前、「原発はいらない屋久島の会」での会合へ出席したときでした。
馬毛島に滑走路が出来てるという話しは前々からいろいろなところで聞いてはいたけれど、まさかそれが基地をつくるためだったとは。
はっきりと「米軍の飛行訓練基地ができるよう、政府が調整に入っている」と聞くと、やはりショックでした。

詳しくは
「馬毛島の軍事施設化を許さない屋久島の会」
こちらは個人の方が作っています。馬毛島についてのニュース等がまとめられたページ。

「馬毛島の軍事施設化を許さない屋久島の会~馬毛島の入会権訴訟等を支援する会」
こちらのページは会の公式ページ。馬毛島の歴史、地理、これまでの訴訟問題等、多岐に渡った情報がつまっています。

を見てください。

署名を集計するお手伝いをするために、会議の始まる30分前に会場に行きました。
まだほとんど誰も来ていないのではと思っていましたが、駐車場には既に車がたくさん止まっていて、会場にもたくさんの方が来ていました。

署名の集計が既に始まっていました。
署名の入っている箱には封筒がたくさん入っていて、全国から郵送で署名が届けられているのを目の当たりにしました。

署名用紙をプリントアウトし、署名し、切手を貼り、ポストに投函する。
簡単なようで、なかなか面倒で出来ないことです。

遠い地から届いた一人一人の思い。
署名用紙を1枚1枚チェックしながら、こうして全国の方と繋がっていることに感動しました。

6月22日午後3時までに集まった署名は5285名分。
署名開始から10日程でこれだけの方が署名をしています。
屋久島島内だけではなく、これまで屋久島を訪れた方、屋久島を故郷とする方々、屋久島/熊毛を愛する全国の方々からの思いです。

郵送、FAXでの署名の受付は27日までです。
オンライン署名は7月初旬まで。
ぜひみなさんのご協力をお願いします。

オンライン署名です。

会議開始時刻になると、さらに人が集まってきました。
最終的には何人ぐらいの方が出席したのか、正確な人数は分かりませんが、私がざっと見たところでは100名ぐらいの出席者がいたように感じました。

まずはこれまでの流れの説明がありました。
その話しの中で気になった部分を書いておきます。

この話しが持ち上がったとき、種子島、屋久島の各自治体は反対を表明したのに、政府はそれを全く無視して、日米安全保障委員会(2プラス2)で、馬毛島を恒久的(←ここ重要です)に空母艦載機の離着陸訓練(FCLP)の基地として利用を提案しています。

なぜ、地域住民がみな揃って反対しているのに、日本の政府はそういう提案をするのでしょう?
国民無視といわれても仕方のないやり方だと思います。

そして基地をつくるために政府が出してきている交付金の金額が250億円とか。
ちなみに福島原発をつくる際に出された交付金は130億円。
福井の原発に120億円。

もしこの交付金というものを、危険度との比例だと考えると、という話しが出ました。。。恐ろしいですね。

余談ですが、今回の福島原発の事故後の、川内原発増設への交付金の額490億円。

鹿児島県民として、この数字の意味するところを冷静に考えたいと思いました。

そして、馬毛島は無人島だと思っていましたが、歴史的には無人島ではなかったようです。
経済発展の中で、無人島へとなっていった島だということを知りました。
そのことについては「馬毛島、宝の島」という著書の中で詳しく知ることができます。

莫大な交付金を提示されていますが、今目の前に差し出されている現金とは一体なんなのでしょう?
一時的な、実体のないもののように感じました。

馬毛島の自然はお金で買うことは出来ず、そして、人間の精神もお金で買うことは出来ません。
貨幣経済の社会では時として、物事の本質を見失いがちなのではないでしょうか?
お金は永久ではありません。

馬毛島が無人島になっていった経緯を聞きながらそんなことを思いました。

馬毛島はかつて、使用済み核燃料の中間貯蔵施設候補地となったことがあります。
その際「核施設はいらない島民の会」という団体が立ち上がり、それを阻止したという歴史があります。

そして屋久島はその際、「非核宣言」をしています。

しかし、この基地ができるともれなくついてくる空母艦載機というのは「原子力」=核をエネルギー源としています。

10年前の努力が泡となることないようしっかりと見守っていく必要があります。

私が大きな疑問を感じた一つに入会権訴訟がありました。

これがなぜか6月20日に却下されています。
裁判を起こすことを止められる?!
法治国家において、全くおかしな話しだと思いました。

法律等、難しいことはよくわからないままここまで来ましたが、こういう話しを聞くと、わからないままそのまま放置していくってことの危険性を感じました。
わからないことは積極的に学んで行きたいと思いました。

今まで誰かに任せていたことがたくさんあります。
もちろん得意、不得意がありますから、任せることも大事ですが、任せっぱなしでいることが、今の、誰もが責任を取らず、ただ困り果てる存在となっている福島原発に繋がっているのだとしたら。。。
そう思うと、任せるだけではなく、せめて関心を持ち続けていようと思わずにはいられませんでした。

一連の流れの説明が終わったあと、参加者一人一人が、前回の会合後10日間に感じたこと、学んだこと、お知らせしたいこと等、話す時間がありました。

みなさん一人一人かなり長い時間を使って話しをしてくれました。

そんな中で感動した話しを一つ。

ある男性の方で10日間で800人分の署名を集めた、Kさんという方がいました。
その方自身はとても無口な方で、そのことをご自分で話さなかったのですが、他の方が、彼から学んだこと、というかたちで話してくれました。

Kさんは署名が始まるとすぐに署名用紙をもっていろんな方に署名をもらいに行ったそうです。
そして、1軒1軒のお宅を回るだけではなく、道ですれ違う人全員に声をかけたそうです。
バイクに乗って移動中、誰かを見かけると、そこでバイクを止めお話をする。一人残らず。

そして、ほとんどの方は協力的で、「よくやってくれている。ありがとう。」と言ってくれていたようです。

しかし時々「署名なんてやって意味があるのか」とか「米軍の基地が出来た方がいい」という方がいたそうです。

そのときにKさんは一生懸命いろいろ説明したそうです。
聞かれてわからないことはあとから調べ、10日間でいろんなことを学んでいったそうです。

そんな中での気づきは「民主主義とはなんだろう?」というものでした。

署名活動をしていく中で、自分がこれまでこういった政治的なことをだれかと話した経験がほとんどないことに気づいたそうです。
果たしてこれが「民主主義」なんだろうか?

自分がどんな社会に生きたいのか、それを一人一人が思い描き、それを現実にしていくのが政治であり、政治家を決めるのは一人一人である。

しかし実際はいつの間にか「民主主義」である世界が既にそこにあり、その中で何となく生きている。

それが果たして「民主国家」と呼べるのであろうか?

この話しを聞いて私は感動とともに猛烈な反省もしました。
でも、それは落胆ではなく、希望でした。

行動することの大切さを思い知らされました。
そして、行動することは行動した人に素晴らしい気づきを与え、この会に参加した一人一人にも同じように与えられました。

そして、一人一人の熱かったり、ユーモアたっぷりだったりする話しはどれもこれもこの会合に参加した一人一人に勇気を与えてくれたように思います。

結局この時間は一人一人訴えたいことがあまりにも多く、参加者の3分の1しか発言の機会はありませんでした。

ちょうど私が最後だったのですが、言いたいことはたくさんありましたが、うまく言葉にすることができず、ただ一言しか言えませんでした。

「私は馬毛島に基地が出来るのは反対です。でも、だからといって他の場所に出来ることも反対です。この地球上の全てから、戦いのための施設が無くなることを望みます。」

いろんな人葉寧
いろんなひと、みーんな(画・ハネイ)


たかえ

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06.11
Sat
直哉がツアーに出てからあっという間に3週間。
毎日やりたいことがたくさんあって、時間に追われて過ごしています。

でも、たまには子どもたちとゆっくり触れ合う時間をと思い、時々オーラソーマのボトルを使って、マッサージをしてあげています。

3歳のハネイのボトルは私が選んであげています。

12番の「新しい時代の平和」
これはチャイルドセットの中の1本。
授乳期の終わりまで使うとよいとされているボトルです。
そして、言葉を話しはじめた子にも。

ハネイの卒乳は、直哉も気づかないうちにというぐらい早くて、スムーズでした。

でも、言葉が全く出てこなくて、いろいろな人が心配してくれ、検査を勧められたり、言葉が遅い子が通う教室へのお誘いがあったりしました。
一緒にずっと過ごしている私と直哉はただ単にそれがハネイのペースなんだろうと、ゆっくり見守ることにしました。

そういうわけで、このボトルを1年以上継続して使っています。

そして、(何本目かは忘れましたが)今使っているボトルが終わりそうになってきて、急に言葉を発しだしました。

毎日ものすごいペースで言葉が増えています。
話せるようになったハネイはものすごくおしゃべりでした。

昨日も一緒に畑へ出かけたのですが、ずーっとしゃべっていて、それも全て質問なので、私もだんだん答えるのに疲れる程。

「これ、くちゃ(草)?」
「そうだよ。それ抜いてくれる」
「どちて?」
「草が野菜より大きいと、野菜に太陽の光が当たらないから、育たないでしょ」
「どちて?」
「。。。そういうもんなの。父ちゃんが帰って来たら聞いてごらん」
「とうちゃんどこ?」
「札幌」
「どちて?」
「お仕事で行ってるの」
「どちて?」
「父ちゃんがツアーに行ってるの」
「どちて?」
「楽しいからじゃない?」
「どちて?」
「かあさんに聞かれても分かんない」
「どちて?」
「かあさんは父ちゃんじゃないから、分かんないよ。父ちゃんに聞いてごらん」
「とうちゃんどこ?」

ループです。

このボトルが終わる頃にはもっともっと話せるようになってそうです。

ハネイ鳥_convert_20110611033635


そして、5歳のカフウはもう自分でボトルを選んでいます。

オーラソーマのセッションは通常4本のボトルを選んで頂き、その中から使用するボトルを決めるのが一般的ですが、カフウはまだ4本選ぶことができないので、使いたいボトルを1本選んでます。


今回は51番のクツミ。
それもアルケミーボトルでした。

アルケミーというのは色が変化していたり、中身が混濁していたり、通常の状態からは変化した状態のボトルです。

いろいろある中から、このアルケミーボトルをチョイス。
アルケミーボトルに惹かれる時は、そのボトルとの共振度が高いとも言われています。

カフウに「これはどういうボトル?」と聞かれていろいろ説明をしました。

その中に「戸外で活動するときに向いている。自然とのコンタクト」というキーワードがあります。
カフウに分かりやすく説明するために「動物や虫や花や木とお話しできるかもね。」と言ったら
「わー、うれしい!カフウお話ししたい!」と、ボトルにほおずりをしていました。

カフウは以前からそういうところがありました。

花つみをしてブーケを作ることが大好きで、いろんな花を摘むのですが、その時は「くださいね。」とその花に声をかけてます。

昨日は「バラさん、ここを通る人は、みんなバラさんのにおいをかぐようにしたから、夏まで咲いててね~」とお願いしていました。

酉年生まれに妙にこだわっていて、「カフウはとりどしだから、鳥とともだちだよ。」と、鳥を見ると「鳥さーん、どこ行くの~!」と声をかけたり。

動物は好きな動物と苦手な動物がはっきり分かれていて、苦手な動物が何で嫌か聞くと「だって、カフウをにらみつけるんだもん!」と言ってます。
全く睨んでないと思うけど。。。

その反面、虫はすごく好きで、よく観察しています。

51番のボトルを使いはじめてから時々面白いことをしています。

ご飯を食べているときに、目をつぶっている時があるので、
「何してるの?」と聞いたら、
「ごはんとお話ししてるの。かんでるときに目をつぶってると、聞こえるの。」

その日はご飯と豆と海草のサラダとお味噌汁と焼き魚と漬け物でした。
それぞれ何て言ってるか教えて、というと
ごはんは『食べていいよ。よくかんで』
サラダは『豆はいいよっていってる。わかめは本当は食べられたくないけど、いいよって言ってる。」
みそ汁は『食べていいよ。あったまるよ』
魚は『ほんとうは食べられたくないけど、カフウの体になってくれるって言ってる』
とか。

食べられたくないって言ってるのに、カフウは食べちゃうんだ?!って聞いたら、
「だって、おいしいから食べたいんだよ。カフウがそう思ったら、そしたら、食べていいよ。って言ったよ。」
この辺は欲望に全く勝てなさそうですね。
素直でいいと思いますが。

ハネイもまねするのですが、ぽろぽろこぼしてばかりで、カフウに
「あやまって、ハネイ!」と怒られていました。
ハネイが私に向かって「ごめーんちゃい」と言うと
「違うよ。食べ物に言って!みんなハネイに食べられてもいいよって言ってるのに、こぼしたら、かわいそう!」と注意をしていました。

私にもかあさんもやってごらんとすすめてくるのでやってみましたが、食べ物の声は聞こえませんでした。
でも、カフウは「お料理してるのはかあさんだから、聞こえてるってことだね。いつもおいしいお料理つくってくれてありがとうね。」と言ってくれました。

最近はフランス映画の『Tippi』を見て、アフリカへの興味が津々。
Tippiみたいに動物と遊んだり、皮のふんどしをしたり、踊ったりしてみたいそうです。

日中は忙しくって、こういった一つ一つのことが一気に流れていって忘れてしまいがちですが、二人が寝入った後、お酒を飲みながら一人のんびりしているといろんなことが繋がってきます。

昨日はプリキュアのパックがタンスの横に出しっ放しになっていたので、片付けようと思ったら、中にいろいろ入っていそうだったので開けてみると、
その中にハンドバックが入っていて、そこを開けてみると
巾着袋が入っていて、またそこを開けてみると
タオルできちんと包まれたオーラソーマのボトルと、お気に入りのヘアピンが入っていました。

大事な物をしまっているという感じが漂って来たので、また元通りに戻しておきました。

今日は休みなので、朝風呂に入ろうと約束をしたので、風呂上がりにオーラソーマのボトルを使ったマッサージをしてあげようかな。
小さい子順でね。


ハネイぶた_convert_20110611034310

今日の絵はどちらもハネイ作。
カフウの絵は『絵描き♡かふう』で見れます。

たかえ


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