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09.20
Mon
先日、次女のハネイが意識不明になり救急車で搬送されるという出来事がありました。

夕方、散歩を終え、ハネイ帰ってすぐにそのまま昼寝に突入。
私は夕ご飯の支度をはじめました。
しばらくすると、山の仕事から直哉が帰ってきました。
ちょうどそのタイミングでハネイが突然起きてきました。
いつもは1時間以上昼寝するのに、もう起きちゃった!と思って「まだ寝ててもいいよ。」と声を掛けにいくと、いつもと様子が違います。
ふらふらとしながら立とうとしているのですが、立てないかんじでした。

びっくりして「ハネイ!」と呼びましたが、その時はすでに意識がもうろうとしていました。
ちょっと前までは普通に元気に過ごしていたのに・・・

すぐにハネイを抱っこして、車を停めにいった直哉のところに行き
「直哉!ハネイが大変。どうしよう!!」
直哉はすぐに「診療所に電話して!」

すぐに診療所に電話をしましたが、すでに診療時間は終わっていて電話には誰も出ません。
とにかく直ぐに診療所へ行こうということになり、車で2~3分の診療所へ。

診療所の裏にある先生の家に直哉はすぐに先生を呼びにいき、私はハネイを抱っこして診療所の入り口で、診療所が開くのを待ちました。
鍵を看護婦さんが持っているとのことで、看護婦さんが来るまでしばらくそこで待つしかありませんでした。

その間にもハネイはどんどん苦しそうな様子になっていきました。

看護婦さんが走ってきて、診療所が開きました。

診療所のベットの上でも、どんどんどんどんハネイは苦しそうになっていきました。

顔がすっかり変わってしまっている。

そんなハネイを見ていて
「抱っこをせがまれた時、抱っこしてあげればよかった。」
「もっと遊んであげればよかった。」
「もう、ハネイの大きくなる姿を見れなくなる?」
等、後悔や悲しみが溢れて、もうどうしようもない感じになってきてしまいました。
「先生、ちょっと!何とかなんないんですか!!ハネイ!どうすればいいのー!!」
と私も興奮状態になってしまいました。

先生に「お母さん、処置をちゃんとできないから、待合室のほうへ行ってて下さい。」と言われ、待合室へ。

救急車が来るまでの30分間くらいがとても長く、その時には「こんな近くに病院がない土地に住まなければよかった」くらいまでさかのぼっていろいろ後悔するほど。

そのうち救急車が来て、私もハネイと一緒に救急車に乗りました。

救急車の中で先生が口にするハネイの状態を聞いていたら、もう気が狂いそうになってきました。

その時、「私は、過去のことや未来のことばかり考えてる。今、私がハネイにしてあげられることは何?」とふと心に浮かんできました。

それからはただハネイの足をさすりながら「ハネイ、大丈夫だよ。大丈夫だからね。愛してるよ。」と心の中でハネイに語りかけ続けました。
そうすると不思議なことに、先生がハネイの瞳孔をチェックしている様子をただ落ち着いて見ていられるようになりました。
そして起こっていることをただ冷静に受け止めている自分がいました。
病院に着くまで、ずっとハネイの足を触っていました。
ハネイのお腹が小さく、だけどしっかり上下に動いていること、ハネイの足が冷たくないこと、全てがいい兆候に思えてきました。

病院につくと、直哉とカフウもすぐに来て、3人でハネイをただじっと見続けました。
「大丈夫だよ。」と直哉がしっかりした口調で言うのを聞いて「そうだね。」とただ見守りました。

ハネイが処置台の上に寝かされ、先生達がいろいろしているのを離れて見ている時、直哉が
「今、救急車の後ろを走ってたんだけど、カフウが救急車のサイレンの音を
『あーりーがーとー あーりーがーとー』って言ってるね。って言ってたんだよ。」と教えてくれました。
「救急車が『あーりーがーとー あーりーがーとー』って言ってたの?」と聞くとカフウに聞くと、「そうだよ。」と。
カフウに「ハネイは大丈夫かな?」って聞くと、
「大丈夫だよ。ヨダレがいっぱい出て、苦しそうだけどね。ハネイは大丈夫だよ。」とニコニコ笑顔で。
直哉は「たかえ、もう余計なことは考えないで。今できることをすればいいだけだから。カフウの方が分かってる。ハネイのことは、今は先生たちに任せて。」と。

私はそれまでもっとこうすればよかった、あーすればよかった、ということばかり考えていましたが、その言葉を聞いてまた、そうだ「今」しかないんだ、今私にできることは?と思い
「祈ろう!ハネイが目を覚ますように。」と言いました。

先生たちがピンセットでハネイをつついたり、色々な刺激を与えて、ハネイの意識が戻るかどうか診ています。
ハネイは何をされてもぴくりとも動きません。

私にできることはただ祈ることだけ。

しばらくして、ハネイが突然泣き声を上げました。
採血のため、注射針を刺したら、痛みで目が覚めたようでした。

私たちは3人で「よかったね~、ハネイ!!」と大喜びをしました。

意識が戻ってからのハネイはぐんぐん調子が戻って、1時間後にはすっかりもとの状態になりました。
2時間以上も意識不明になっていたとは到底思えない程の元気さでした。
子どもの生命力ってすごいなと思いました。

夜だったのでそのまま入院しましたが、翌日は私のほうが病人のようでした。
気疲れと歯の痛みで、ハネイ用ののベットで私がぐったりしていました。
お見舞いに来てくれた友だちにも「え、誰が悪かったの?」と質問されるほど。
次の日、浜松に住む両親にハネイの様子を電話で伝えました。

すると母が前日の話をしはじめました。

「実はね・・・
昨日、うちの玄関に飾ってあるピースボール(屋久杉を丸い玉にしたもの)が台座から外れていたのよ。今までそんなこと1回もなかったし、そもそもあの丸いものが、台座から外れて、転がっていかずにすぐ横にあるなんて、おかしいなぁ~って思ってね。
でも、なぜかすごく「元に戻さなきゃ!」って気がして、台座の上に戻したのよ。
そしたら、ハネイがっていう電話があって。
私は、すぐにあのピースボールがハネイの危機を知らせてくれたんだって思ったよ。
お父さんも「直哉くんが心を込めて、祈りをこめて磨いているものだから、魂が入ってるんだよ。それをミチコ(母の名前)が気づいて、戻したんじゃないか?」って言ってるんだよね。私も、そんなこともあるのかもって気がしてきたよ。」

ハネイが具合が悪くなった時にいつも居合わせるマリオちゃん。
今回もちょうど家に遊びにきて、台所のまな板の上にそのままになっているピーマンを見て「なんかあったな」と思ったそうです。
そのうち直哉が慌てた様子で帰ってきたので「大丈夫?」と聞くと、「大丈夫じゃ
ない」というので、すぐにいろいろ手伝ってくれました。
そしてハネイが退院すると、マリオちゃんは直ぐにハネイとカフウを連れて散歩に出かけていきました。
「どこへ行ってきたの?」と聞くと、近所の神社へ挨拶に行ったそうです。
「ちゃんと神様にお礼を言ってきたよ~」

奈央ちゃんもすぐに駆けつけてくれました。
夜に何かあったら、すぐに駆けつけられるからということで、翌日の登山をキャンセルまでして、直哉とカフウを家に泊めてくれました。
私が歯が痛いのを気遣って、翌日には健太くんの特製スープを届けてくれました。

近所のなるえさんも診療所にいる私たちを見て、すぐに私たち家族の分のお弁当をつくって届けてくれました。

永田の診療所の先生も医療機材や、薬がほとんどない中、完璧にハネイを診てくれました。先生と先生の奥様のテキパキした息の合った処置は、ホントに心強かったです。

その他にも、心強いたくさんの手助けに本当に感謝です。みなさんどうもありがとう!

そして今回、痛い思いの中で、「今」しかないことを実感しました。
過去のことを後悔したり、先のことを心配しても全く意味がなく、今、目の前で起こっていることに冷静に対処すること。

子どもの危機には学ばされます。
もうこりごりですが・・・

たかえ






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