--.--
--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

05.31
Mon
6/9鹿児島市内の『コーヒー&ギャラリー蒼』にて、クリスタルボウルライヴを行います。
お近くの方ぜひおこしくださいまっせ~~
2010年夏ツアー、第一弾イベントです。このあとは一気に北上し北海道~~


当日はギャラリー蒼の8周年記念イベント。
屋久島の絵描き作家『鳥』と、その友だち『井上源土』くんが二人展を開催中。
(6/4~6/20:11:00~19:00)

二人の絵とても魂こもっています。
お近くの方、ぜひ個展会場まで足を運んで下さいね!!



ライブは宮崎の『hou(ほう)ちゃん』と鹿児島の『ガルゲンフモール』が一緒に参加します。
魅力的なミュージシャン達とのセッション、今から楽しみです。

オープン19:00
スタート19:30
料金は2000円です。(小学生以下無料)

『coffee and gallery蒼』
鹿児島市中山町918-5
099-260-6106


鳥個展_NEW
鳥、鹿児島ライブ
鳥個展裏面_0001_NEW

スポンサーサイト
comment 0 trackback 0
05.28
Fri
第2回益救神社手づくり市が、いよいよ明日にせまってまいりました。
今回もカイホー屋で出店します。

2010年5月29日 8時から15時まで 
宮之浦益救神社境内  小雨決行




以下 カイホー屋のメニューです。

ワークショップメニュー

玉磨き
¥3000
¥500(中学生以下)


オーラソーマ
スターチャイルド・ミニリーディング(高校生まで)
¥500(10分から15分)
ボトルが映し出す魂の色。あなたが選んだ色があなた自身なのです。
あなたの輝きを色を通して探索してみませんか?

コンサルテーションで選んだボトルを購入することもできます。

前回オーラソーマでは出店しませんでしたが、今回はやります。
高校生以下を対象とします。大人のみなさまごめんなさい。

我が家の娘たちは4歳と2歳ですが、オーラソーマが大好きです。
コンサルテーションの日はボトルを並べると、すぐに寄ってきてじーっと見ています。
4歳の娘は自分でボトルを選んで、自分のボトルを持っています。そして朝や夜寝る前、好きな時に好きなように使っています。
2歳の娘は私が選んだボトルを使っています。
そして、ボトルとバスタオルを持ってきてマッサージをせがみます。
コンサルテーションの前には、ポマンダーやクイントエッセンスという、香りのツールを使って、ゆったりとした時間を取るようにしているのですが、必ず二人ともやってくるので、けっきょく3人で瞑想?!することになります。
色や香りは感性に直接働きかけるので、子どもも自分の感性で選ぶことができます。
そして二人がオーラソーマに触れている時に見せてくれる表情や、言葉に子どもの感性をはっきり感じ取れるのです。
色を通して、二人の魂の輝きを見ているんだと思います。

今回はお子様相手なので、説明等はなしで、ストレートに色彩の言語だけをお伝えしようと思います。
子どもたちのピュアな感性に触れるのが楽しみです。

大人の方も、ご興味ある方はぜひ声をかけて下さいね。


カイホー屋オリジナル商品

ピースボール/ピースウッド (ネックレス等にすることもできます。)
¥3000~


手描きヘンプTシャツ/ぽめろんTシャツ
¥7000
屋久島/平内在住のイラストレーター マシマタケシ氏の手描き
ヘンプ55% オーガニックコットン45% 『GO HEMP』のボディ


麻ふんどし
¥2000
麻100% 丈夫な生地を使っています。
パンツとは全く違うはき心地。やみつきになる人続出です。まずはお試しあれ!


なおやは今回も色々ディスプレイを考案中。
どんなふうになるのかな?
私も楽しみです。



第2回の出店者は全部で19組

森の旅人
カイホー屋
OHANA CAFE
∀KIKO
satoco
Anuenue
relaxin yakushima
中村圭
高田裕子
一軒家民宿『こもれび』
チーム天然村
MinatchiAngels
タイ古式マッサージショウヘイ
きたの自然農園
Garamosta and なないろの虹
屋久島マンダラエコクラブ

フリーマーケット
コージ家
hiroko
天然村

コンサート ライブ
MJ(from USA)
当日10時より本殿にて奉納演奏もあります。


明日の出会い、楽しみにしています。

たかえ




comment 0 trackback 0
05.24
Mon
6/19神奈川県相模原市でピースボールワークショップを開催します。
会場は『風のすみか農場』。
三鷹のコミュニティーベーカリー(風のすみかパン屋さん)の原材料を、
自分たちで作っていくというコンセプトのもと、活動をはじめたNPO農場です。
会場は築150年の古民家を使わせて頂きます。
そしてなんと、この日はお昼ご飯付きです!!
農場で収穫した新鮮なお野菜を出して頂きます。
時間もたっぷりありますので、郊外のゆっくり流れる時間の中で一日リフレッシュしましょ~

当日はクリスタルボウル奏者が2人加わって、セッションしてくれます。
『じゅん』と『kai』(crystal boys)。
3人のクリスタルボウルがそれぞれ共鳴して、
みなさんと宇宙空間を気持ちよくふるわせてくれるでしょう!


最寄り駅は橋本駅です。
橋本駅から車で送迎いたします。(先着5名様)
バスも出ています。詳しくはお問い合わせ下さい。



以下、ホームページより『風のすみか農場』のコンセプトの抜粋です。

「風のすみか」農場は、三鷹にあるコミュニティーベーカリー「風のすみか」の原材料生産農場として、03年のパン屋オープンと同時に活動がスタートしました。
農場ではパン屋同様、働くことに不安を抱え、踏み出せないでいる若者たちが協力して、パンの原材料となる小麦や種々の野菜の栽培に取り組んでいます。
より安全で美味しい作物を栽培し、お店に届けるという、パン屋の根本となる部分の役割を担っていく中で、“ものを作り、人に届ける”という“働く原点”の喜びを体験していきます。
活動の拠点となっている築150年の古民家では、食事づくりや風呂焚き、掃除といった家事を分担しながら、日々の農家生活を満喫(奮闘)!?しております。
農作業をする中で、教えたり、教えられる関係を通して成長する喜びを味わえたり、古民家生活の中で日々湧き出てくる課題を、協力して解決していくことで仲間との信頼関係を育んだり、夜な夜な語り合うことを通して仲間と一緒にいる楽しさを感じる、といったことを大切にして取り組んでいます。

風のすみか農場表

風のすみか農場ツアー裏



なーや

comment 4 trackback 0
05.23
Sun
6/20東京の裏高尾のトゥリーハウスで、『ピースボールワークショップ』を行います。
とっても気持ちが良さそ~~なところです。
高尾の木の下で、屋久島の木を磨く。
屋久島と高尾のコラボレーション。高尾の木、どうぞよろしくね。

スペースの都合上20名様限定とさせて頂きます。
お問い合わせは
taba:090-4416-2032
nico@niconiconico.jp


今回のコラボレーション作家さんは
DJのぶや
クリスタルボウル奏者の友希ちゃん(フライヤーには載っていませんが、スペシャルゲストです!)
素敵なご飯にスイーツをつくってくれる、くみちゃんです。
そしてかわいいリサイクル服のブランド『NEBULAVO』のコレクションが同時開催です。
前回のコレクション&会場のトゥリーハウスの様子が載っています。
NEBULAVO

クリスタルボウル奏者二人で倍音をかなで、トゥリーハウスごと宇宙船にしてしまいます。
みんなで上に向かって飛んでいきます~!!
クリスタルボウルとセッションできるミュージシャンの方、どうぞ楽器もご持参下さいね!!!

今回のワークショップの窓口となってくれたのは、WPPD(ワールドピース&プレイヤーズデイ)仲間のタバ。
nico
素敵なフライヤーを作ってくれました。どうもありがとう!!!
裏高尾フライヤー表

裏高尾フライヤー裏

絵は彼女が出版を手がけた絵本『simple side』の中の、絵描き∀KIKOの絵です。
象がかわい~。

みなさまとの、会場でのご縁に感謝します!!


札幌ツアー6/12.13のご予約はこちらから、
ピースボールワークショップin札幌

なーや
comment 4 trackback 0
05.18
Tue
吉村正先生の「しあわせなお産」の講演会と座談会へ行ってきました。

講演会の方は託児スタッフとしてだったので、聞けませんでしたが、終了後友だちがいろんな話を聞かせてくれて、とても感動的な講演会だったようです。

翌日は天然村での吉村先生を囲んでの座談会。
講演会とは違って、参加者みんなと吉村先生との距離がぐっと近づく感じの会でした。

座談会前になおやがクリスタルボウルの演奏。
真理は一つ1

子どもたちも最初は静かに聞いていました。が、いつものことですぐに騒ぎだしてしまって、途中で退席。
子どもたちを連れて外を散策。
いろんな葉っぱや花を摘んではブーケを作ったり、駆け回ったりして、エネルギーの発散させて、また会場へ。

会場では吉村医院で働いている先生方が話をしてくれていました。

体調が思わしくないと奥で寝ていた吉村先生でしたが、いても立ってもいられないとのことで出てきました。
体調は思わしくなさそうでしたが、話始めたらすごいマシンガントーク。
みんな大笑いしたり、真剣に聞き入ったり、あっという間に吉村先生ワールドに持ってかれました。

吉村先生はたくさんのお産を見てきた経験からのお話をしてくれました。
吉村医院は妊婦さんは昔ながらの食、生活習慣を守り、一緒に生活する中での、医療がなるべく介入することのないお産を目指している産院です。
吉村医院にいらっしゃる妊婦さんは、ほとんどが一切の医療介入なしに無事出産をなされているようです。

出産は命を懸けてするもの。だからこそ、命の尊さがわかるし、本当に母親になれる。そして産道を通って生まれてくる子どもだけが母の無条件の愛を経験できるという話がありました。

私には二人の子どもがいます。そして二人とも帝王切開での出産でした。
二人とも産道からの分娩にトライしましたが、どうしてもダメで帝王切開に切り替えての出産でした。

吉村先生は「あなたには悪いけど、帝王切開で生んだあなたは本当の母親にはなれない。」とおっしゃいました。
たまらなく悔しさがこみ上げて来ました。
そしてこの場には、私の二人の子どもも同席していて、吉村先生の言葉を聞いていました。
まだ4歳と2歳ですが、この場で先生の発言をスルーすることは、二人の子どもの前では、絶対にできない、したくないと思いました。

私は泣きながら「私は本当に母親です。子どものために命を懸けることができます。」と言いました。

確かにたくさんのお産を見てきた先生の経験から出る言葉はある意味真実でしょう。
でも、先生はあくまでも産科医。スタート地点を見ているのです。
母と子の関係はそこがスタートかもしれませんが、それはスタートでしかありません。そこから脈々と母と子の関係は育まれていくのです。

受胎した瞬間から、私は母になりました。

真理は一つ


妊娠、出産の話題はとてもプライベートな話ですが、帝王切開で産まれた子ども、帝王切開で産んだお母さんのために私の経験を書かせて頂きます。

一人目のカフウは出産予定日を2週間過ぎても陣痛もこなくて、いろんな方法を試しました。
最終手段の陣痛促進剤も使いましたが、胎児の心拍数が上がるばかりで、私の体には出産への変化が起きず、このままでは胎児が危険という話を先生から聞かされました。
私はなおやと二人での自然分娩を希望して、心地よい音楽やアロマ等準備して、その瞬間を楽しみにしていましたが、「胎児が危険」この一言ですぐに自分の自然分娩への夢はあきらめ、先生に「帝王切開をお願いします。」と言いました。
そして、手術中は麻酔が片効きだったようで、かなり痛くて、失神しそうでした。でも、もう手術は進んでいて、今中断することはできないと思い、必死で痛みをこらえました。
そして、カフウが誕生。
生まれて来たカフウの手を握ったとたん涙が溢れ、自然と「ありがとう」という言葉が出てきました。
そして先生や助産婦の方にも「ありがとうございます。」と心からの感謝の言葉が出てきました。
カフウがいろんな検査のために連れて行かれた後はとたんに、痛みで意識が遠のき、「助けてー!」と叫び、助産婦の方が「しっかり!頑張って!」と手にお守りを握らせてくれたのを覚えています。
麻酔が追加され、猛烈な痛みから解放され、すごいスピードで沈みかけていた体(私の感覚です)が一気に戻ってきました。

その後自分の病室に戻ると、にこにこ顔のなおやがカフウの顔を見つめながらまーるくなって抱っこしている姿がありました。
「へーいわーへいわー♪」と歌っているボーカルの声がCDデッキから流れていて、まさに平和に包まれていました。
手術後の痛みで体はキツかったですが、なんて幸せなんだろう、とにかく何をしても喜びで、涙ぐんだり、笑ったり(笑うとめちゃめちゃお腹が痛いのですが、笑っちゃうんです。)のカフウとなおやとハッピーな時間でした。

授乳は大変でした。
とにかくお腹が痛いんです。でもおっぱいをあげたい。
このせめぎ合いの中での数日間。
帝王切開での出産は痛くないから楽だよ、なんて言った人がいたけどとんでもないと思いました。

二人目の妊娠が分かった時、今度こそ自然分娩!と思いました。
帝王切開ではない産道からの出産にかなり執着していました。
そしてすぐにVBAC/ブイバック(一度帝王切開で出産した妊婦が、下からの出産にトライすること)できる病院を色々探しました。
一度帝王切開した子宮はダメージがあり、子宮破裂を起こす可能性があるため、高リスク出産になります。私が調べたところでは、子宮破裂の割合は100人に一人とも50人に一人とか言われています。
お産中に子宮破裂を起こすと、母子ともに危険な状態になります。
なので、緊急時に万全の対応ができる必要があるため、VBACにトライできる病院は限られます。

ある病院でVBACしたいと言う意思を伝えたところ、先生が
「やってもいいけど、もしなんかあった場合あなたの命はなんとか助けられるでしょうけど、子どもはあきらめてね。でも、子どもはまたできるから。」と言われました。
私はこの病院では産みたくないと思いました。
自分の命より、子どもの命を助けて欲しいと思ったからです。
冷静に考えれば、私にはまだまだ小さいカフウもいるし、私の命を守ると言った先生はごくごく一般的な意見を言ったのだと思います。
でもその時はお腹の中のこの子の命だけは自分の命にかえてでも守る!という思いが強かったので、先生の方針に納得できず、その病院での出産はあきらめました。
母とはそういうものだと思います。

なおやともたくさん話し合いました。
下から産みたいとそこにこだわるのはエゴじゃないかと思ったりもしました。
親族からはさんざん心配されました。
でも、なぜか絶対大丈夫と根拠のない自信がありました。
最終的に、誰にとっても問題がないように、新生児のNICUが完備されている大きな病院で出産することにしました。

二人目の時は予定日の1日前に陣痛が来ました。
カフウの時には経験したことのない、寄せては返す痛みの波でした。
陣痛が来た私は嬉しくって、痛くなる程に浮かれまくっていました。
「やったー、痛いよ~!!」

病院に連絡すると、すぐに来るようにと言われ、立ち会い出産を希望していたなおやと私は陣痛室へ行きました。

陣痛室は、カーテンで仕切られただけのベッドが5つくらい並んでいて、あっちこっちのカーテンからうめき声やら、「痛ってー!」みたいな叫び声が聞こえていました。
あまりの状況に痛みがあっても笑ってしまう程。

すぐ隣に分娩室があり、今まさに赤ちゃんが生まれるという臨場感ある妊婦さんや助産師さんの声が聞こえてきます。
「もう出したい!」と妊婦さん。
「もう少しがまんして。あとちょっとだから、イキまないで。痛みを逃すのよ。」と助産師の方。
「無理ですーぅぅぅ!!!」

そんな中でだんだん強くなる陣痛に最初の浮かれ気分は吹き飛んできました。
痛みが強くなると声が出ません。
なおやが「どうしたの?大丈夫?」と声を掛けてくれますが、顔を上げるのも必死で、手をばたばたするのが精一杯。
陣痛が遠のくとやっと話が出来ます。なので痛みマックス時のサインを決めました。グーはマッサージして、パーは水。みたいな感じです。

陣痛室に入ったのは夜10時頃でしたが、夜があけて、昼くらいになると陣痛がだんだん弱くなってきました。昼過ぎになると、ほとんどないくらい。
一度帰ってまた痛くなったら来てということになりました。

そして帰って2時間くらいするとまた痛みがぶり返してきました。
前日よりも強い痛みです。
車で病院に向かいますが、車が振動で揺れるたび痛みで冷や汗が出てきます。
病院についてホッとしました。

そしてまた陣痛室へ。
昨日とはメンバーも入れ替わっていました。

先生の内診を受けましたが、子宮口は相変わらずあまり広がってないようでした。
そしてまた深夜になるにつれ強くなる陣痛。
前日もほとんど寝ていなかったので眠いのですが、うとうとしては痛みで目が覚めるという状況。
なおやは気づけば私のベッドでグーグー寝ています。
看護婦さんに「ここは妊婦さん用のベッドですから、ご主人はお家に帰って寝られたらどうですか?」と言われる始末。
痛みで食事も口にできないので、だんだんお腹はすいてきます。
でも、体が受け付けてくれないのです。

そんなこんなで夜が明けて、また前日と同じ経緯をたどり家に帰ることに。

そしてまた陣痛で病院へ。

そしてまた帰宅。

陣痛3日目で家で破水。
びしゃっと大量の水が出てきました。
慌てて病院へ。

破水は出産の兆候です。
今日こそと思ってワクワク気分でした。
でも痛みはどんどん激しくなるのですが、相変わらず子宮口はなかなか広がりません。
先生は「もうそこまで頭が見えてるのに・・・。なんで広がらないのかなぁ?とにかく動いて。」と言います。
なおやと一緒に病院中ぐるぐる歩き回りました。
疲れると陣痛室に戻って休憩。
隣の分娩室から出てくるお母さんたちがとってもうらやましかった。

そしてまた朝。

なおやも私もほとんど睡眠を取れていない状況で、疲れもマックスに。
子宮口がまだ広がっていないとのことで、なおやだけ一旦家に帰って睡眠を取ることにしました。
かわりに母が来ました。
母は「もう帝王切開にしてもらったら?もう、心配で心配でたまらないから、お願いだから、こだわりは捨てて。お腹の赤ちゃんが無事だったら、どんな形で出産してもいいんじゃない?」と私をなだめます。
私は「ここまで来たら、絶対あきらめないよ!大丈夫だから。安心して!」と反対に母をなだめました。
そして、母も帰り、一人で過ごす陣痛室。
そして、何かあったときのためにと、赤ちゃんの心拍を管理するモニターと麻酔を入れる血管を確保するための点滴をしました。

そして2回目の破水。

そんな中、一人の妊婦さんが出産途中で何か異常があったようで、バタバタと先生や看護婦さん達が走り回ったり、緊急を伝える怒鳴り声が聞こえてきます。
ここで私は急に恐怖心が芽生えてしまいました。
そして、その時、窮地に立たされているであろう、お母さんと赤ちゃんの無事を祈りました。
数十分後、「おめでとうございます」の声。
涙が出てきました。
本当によかったと思い、オイオイ声を上げて泣いてしまいました。

夜遅く、なおやが来たときは本当にホッとしました。
カフウの様子を聞くと、不安そうだけど、カフウなりに理解して、みんなに迷惑をかけないよう、わがままを言わず頑張ってる様子。
私も頑張ろうと思いました。
ただ、私の陣痛が4日間も続いているため、家族みんなの生活リズムが狂ってしまったようで、みんな体調が悪くなってしまったとのこと。
なおやもちょっと具合が悪そう。
万全を期して、帰って家で寝てもらうことにしました。

陣痛はやっぱり朝になると弱まってしまいます。
でも、前日辺りから、陣痛とは明らかに違う別の痛みがありました。
先生に膀胱が痛いと言うと、圧迫のせいじゃないかとのことで、その痛みにも耐えるしかありません。

朝、内診をしてもらいましたが、やっぱり子宮口はなかなか広がってきません。
先生に「破水をして24時間経つと、胎児への感染症の恐れがあります。でも、あなたはずっと頑張って来た。だからぎりぎりまで待ちましょう。でも医者として、危険をおかすわけにはいかない。今日これ以上子宮口が広がらなければ、その時はあきらめて帝王切開しましょう。」と言われました。

この時、私はこっそり自分のまたを触ってみました。
びっくりしました。
グニャグニャと考えられないくらいの柔らかさでした。
こんなに人間の体って変化するもんなんだと驚きでした。
鏡を持っていたら見たかったくらい。

午前中遅く、母が来ました。
母以外、みんな体調を崩してしまったようでした。
母はまた「もういいでしょう。たかえはもう十分頑張ったよ。それでいいじゃない。」と言いました。
そして、私や妹を出産したときのことやここまで育ってきた私たちのことなどを話してくれて、「今、こうして、みんながいるってことが大事で、どう出産したかなんて全く関係ないんだから。」と言いました。

陣痛中、あまりの痛みに感覚がぽーんと吹っ飛んだ瞬間がありました。
痛みと私は切り離され、真っ白な中に放り出されたような感じがしました。
そして、痛いはずなのに、めちゃくちゃ気持ちよくって「あれ?!私、今、気持ちいい?変だね!!」と言ったら、眠そうななおやは「よかったね。気持ちよくって。たかえ幸せだね~。」と言ってまた寝てしまいました。
その感覚は陣痛が遠のくにつれて薄くなり、陣痛の波とともに彼方へ行ってしまいましたが、出産の気持ちよさってこれかなぁなんて考えていました。

そして昼過ぎ看護婦さんが「佐藤さん!落ち着いて下さいね。今、赤ちゃんの心拍が急に下がりました。聞こえなくなりました。今、お腹を動かしますよ。反応はありますか?」と取り乱した様子で私のお腹を揺すりました。
母はびっくりして「すぐ切って下さい!大丈夫ですか?」と言っています。
私も一瞬びっくりしましたが、すぐにお腹の中で赤ちゃんの反応を感じたので、わりと冷静でいられましたが、この時「あー、もういいや。何を私はこだわっていたんだろう。帝王切開しよう!」と覚悟が出来ました。

先生もすぐに来て、「手術室が空き次第すぐにオペします。大丈夫だから、リラックスしてね。あなたは素晴らしい最高のお母さんですよ。あとは、私たちにまかせて下さい。」と言いました。

なおやも来て、手術までの2時間くらいをのんびり待ちました。
なおやは「もうすぐ会えるね。楽しみだね。実はさー、ここで分娩室からの妊婦さんたちの絶叫を聞いて過ごしてるうちに、俺、大丈夫かな?ってちょっとびびってきてたんだよね。だからちょっと安心したよ。もう、あとはお任せだね。でも、ここで5日間も過ごして、出産の様子を声だけだけど経験して、女ってすごいなーって本当に尊敬したよ。それを心から思えたことがよかったよ。」と言っていました。

手術中はいろんなことが頭に浮かびましたが、生まれて来たハネイの声を聞いて、顔を見て、すぐにいろんな思いは吹っ飛びました。そしてまた「ありがとうね。」しかありませんでした。

またしても手術後の痛みは辛かったです。それとともに、ハネイは感染症になっていたようで、母子同室はかなわず、ハネイはNICUへ。
陣痛とは違う痛みと感じていたのは、やはりその通りだったようで、膀胱炎になっていたようです。
私も高熱が出てふらふらで立てない状態になってしまって、出産2日目は面会は止められてしまいました。
ハネイに早く会いたい、そして、カフウにも早く会いたいと過ごした2日目はとっても辛かったです。
なおやをはじめ家族もみな発熱で、面会謝絶になってしまい、いとこが心配してずっと一緒にいてくれました。
ありがたかったです。

次の日NICUにハネイの面会に行った時、このまま抱っこして、家に帰りたい衝動に駆られました。同じ病室に連れて帰りたいと先生に言ったら、感染症の経緯をもう少し慎重に見る方がいいよ、でも、いつでも会いに来てくだい。と言われました。
そして、なかなかでない母乳をお腹の痛みに耐えながらも、必死に絞っては何度も届けに行きました。
母乳は赤ちゃんが乳首を吸うことによって、分泌されるのです。吸ってもらわないとなかなか出ないものなんだなぁ母と子の繋がりの神秘を改めて感じました。

これは私の出産の経験です。

帝王切開だから本当の親子に慣れないなんてことは絶対にないと言い切れます。
下から生んだ経験がない私が言うことは片方からの視点しかありませんが、帝王切開を経験した私が、「私と子どもたちはまぎれもなく強い絆で結ばれている母と子です。」と断言します。

吉村先生が「真理は一つではない」と会の最初の方でおっしゃっていました。
この言葉は真実でしょうか?
吉村先生の真理。私の真理。
私はこの日記を書く前は「真理は一つではない。」と思っていました。

吉村先生が、当然反発を覚悟しておっしゃっているであろう様々なこと。
それはもう、先が長くないと自分で感じている自分の命にかけても絶対伝えたいことなのです。
先生の必死の思い、受け取りました。
私にも必死の思いがありました。

私の真理と吉村先生の真理は同じものなのです。
これを書いていて分かりました。
それを違う視点から見ているだけ。
ただ吉村先生の経験、私の経験があるだけ。
真理はやっぱり一つでした。

会が終わったあと、たくさんの人が私に声をかけてくれました。
会の中で思わず興奮して泣きながら「先生が何と言っても、私は本当の母親です。」と言った私を気遣ってくれたのだと思います。
みなさんの思いやりに溢れた、愛の言葉にまたまた涙が出そうでした。

医療が介入しない、自然分娩が一番いいのかもしれません。
でも、もし医療が介入しなければ、私は二人の子どもカフウとハネイと今、こうして過ごすことはできなかったでしょう。
それに、もし、という話は全く意味がないです。
だって、今があるだけですから。

真理は一つ2


吉村先生の講演会と座談会を企画してくれた、かごしまおんな塾のみなさん、スタッフのみなさん、そしてあの場に居合わせた全ての方、どうもありがとうございます。

長い文章を最後まで読んで頂いてどうもありがとうございます。
最初に書きたかったことから、どんどんずれてきていましたが、浮かんでくるままに任せました。
そして最後に行き着いたところは『真理は一つ』でした。

出産の記憶が薄れる前に、こうして振り返ることが出来てよかったです。これから出産を迎える友だちがたくさんいます。
みーんながしあわせなお産ができるよう、祈っています。
私も「3人目どう?」って友だちに言われましたが・・・そればっかりは神のみぞ知るってとこですかね。

たかえ

comment 20 trackback 0
05.16
Sun
6月12日、13日と札幌で玉磨きワークショップを開催いたします。
去年に引き続き、日本縦断ツアー第二弾。

そして今回の来札のメインでもある、北海道神宮例祭での奉納演奏が決まりました。
場書は北海道神宮の土俵舞台。
時間は2010年6月14日(月)午後5時から40分間。

生まれ育った北海道の大地の氏神様への奉納演奏。
去年も北海道神宮での本殿で奉納演奏させて頂きました。
今年は正式な例祭での演奏です。
真心こめて、演奏します!
お時間ある方、お越し下さいね。

ワークショップフライヤーです。
絵(たかえ)
札幌ツアー表jpeg



絵(花風)
札幌ツアー裏面jpeg


みなさまと会えるのを楽しみにしています!
屋久島と繋がりましょ~
北海道のみなさま、お誘い合わせの上、是非お越し下さい~!!


comment 8 trackback 0
back-to-top
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。