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10.13
Sun
 (スウェットロッジin屋久島 その1)

 (スウェットロッジin屋久島 その2)

 (スウェットロッジin屋久島 その3)

 
 (スウェットロッジin屋久島 その4)

私は膝を抱えて、突っ伏していた。
胎児が子宮の中にいる時の姿勢。
この姿勢でいるのが、一番楽だった。

でも、困ったことにこの姿勢を取りはじめてから、眠くて眠くて仕方がない。
そして、ついにはほんのわずかだとは思うけど、寝てしまった。

歌の大合唱が響く中、その声にあわせて体を揺らしながら、うとうとうとうと。。。

心地よさと、苦しさが交互に押し寄せる。

最終段階になってきて、更に石が投入される。

外から、火を扱うファイヤーキーパーをしている二人が石を扱う時に漏らす、熱さと石の重さから思わず出るうめき声が、「うっ。。」「ぐっ。。」と聞こえる度に、ハッと我に返る。
歌の歌える部分に差し掛かると、ハッと思い出したように目が覚めた。
みんなの声も。うごめく音も。

暗闇の中で、音は灯台の光のような存在だった。

最後の「クロージング」の真っ暗闇の中、忘れていた強烈な恐怖がまた襲ってきた。

恐怖を感じる度に声を出したり、みきちゃん、奈央ちゃんの手をぎゅーっと握った。

最後に松木先生の口から、メッセージがこの場にいる全員に向け告げられた。

このメッセージを聞いている途中に、デジャブが起こった。
それも、長い長い長いデジャブだった。

その時、上を見上げたら星空が見えた。
たくさんの星が空いっぱいに瞬いていて。。。

な、わけはないのだ。
完全に覆われたドームで、星空なんて見えるわけはないのだ。

疑いの心を持った瞬間に、星空は消えてなくなった。

実は、この体験が強烈すぎて、その時の松木先生の言葉は全く残っていない。
でも、言葉ではない、ビジョン、感覚としての理解、確信/Faithが残った。

「魂は永遠である」
「全ては繋がっている」
「信頼すること」
「必要なものはやって来る」
「手放すときは それが必要だからそうなっている」
「明確に望み行動すること と 明け渡すこと」


この思いは、最後に松木先生と話すことによって、やっとこうして言語化することができた。
今回の体験を言語化できたことは、私に素晴らしいギフトを与えてくれたと思う。

私はオーラソーマのセラピストとして、いつもこの言語化についてをどう扱うか悩ましく感じている。

言語化すると、物事は途端に重量感を持つ。
重量感をもったものは、時として、足かせになることもある。

「私は○○です。」
「あなたは○○です。」

これは、枠組みに他ならないんじゃないかと。
でも、逆に、言語化することはものすごいパワーにもなる。
自分で自分の背中を押し続けることが出来るから。

私はこれまでもオーラソーマのセッションの時は、最も透明な自分でクライアントの皆様と接することを心がけていたけれど、今後はさらに自分の透明な部分を探っていこうと思った。
それと同時に私のオリジナルの探求も忘れずにしたいと思う。
これはつまり同じことなんだけど。

長い長いデジャブから覚めた私は、また真っ暗闇の灼熱地獄に真っすぐ戻った。
でも、もう怖いものはなく、ただ一刻も早く生まれたかった。
誕生のときを待ち望んだ。

そこからはすぐだった。

幕が上がって、這い出た。

ファイヤーキーパーをしてくれていた、さいとうさんとショウちゃんは、長い長い胎児期間を無事過ごした私たちが生まれ出る時に「お疲れさま」「大丈夫?」と優しく出迎えてくれた。
生まれで出た私たちがみな横たわってへなへなになっているのを優しく見つめ、水を手渡してくれた。
ファイヤーキーパーは母だなと思った。

母がいなければ、私は生まれることは出来なかった。
たくさん反発してきたけれど、反発したって所詮は母の手のうちだと思った。
母や父、私に繋がる全ての存在達が整えてくれたパラダイスで、私が生きている。
そこにまた私が手を加えたパラダイスが出来て、それが延々と続いていく。

外に出て、みんなで寝転がって空を見ていたら、雲が少しづつ移動して、星が見えてきた。
星を見ながら少しづつ正気に戻って行った。
手のひらをみたら、長々お風呂に入っていた後のように、指先がしわしわになっていて、まさに羊水の中にいたんだと思った。

夢の続きのような星空を見上げて、これからもまだまだ続くであろう、夢の続きが楽しみになった。


翌朝、一緒に入っていた人の顔が赤ちゃんのようになっていた。
生まれたての赤ちゃんのようだと思った。
その顔を見て、誕生の再体験ってことを再認識来た。

あんなに苦しかったはずなのに、すっかり忘れて、翌朝には、またあるのなら参加したいと思った私。
そんなところは、まさに出産体験と似ている。

最後のクロージングのシェアリングでは、同じことを体験したのに、一人一人の感想がまた違うのが面白い。
この時も、一人一人の想い、気づきはこの場にいる全ての人へのメッセージだなと思った。
私も一人一人の話しから、また一段と深みを頂いた。

一緒に体験してくれた仲間への深い深い愛情を感じた時間だった。

みんな、ありがとう!
感謝の言葉しか出てこないし、何回言っても言っても足りない感じの2日間だった。

祭壇ブログ用
  オーラソーマのボトルの間に置かれている赤く変色した石と右手前の天柱石のような石。
  スウェットロッジで使われた石を、玄関の神棚に置きました。


スウェットロッジ体験から、1週間経った。

今、やっと少し興奮から覚めてきたように思う。
1ヶ月出ていたナオヤもツアーから戻り、また違うエネルギ−も加わった。
いろんなエネルギ−が交差している、永田の我が家。

1週間、毎日毎日様々な気づきや閃きが訪れる。

しばらく予定を書き込むのみだった手帳にいろんな言葉が書き加えられていったいる。
その一言一言はスウェットロッジ体験から繋がり、日々の生活を振り返ることでもたらされたギフト。

二人の娘はそれぞれ、
カフウ「ママがやさしくなったよ。前は、怒ると悪魔みたいだったのに、今は怒っても悪魔じゃないね。ママ、いつもやさしくしてくれてありがとう。」
ハネイ「ママが うまれかわらないで かえってちてくれて よかった〜。はねいは ずーっと おなじママが いいんだよ!ママありがとね〜!」
と言ってくれている。

毎瞬間、更新されていくこの世界と、私に繋がる全ての存在、そして自分自身に感謝!




来年もまたスウェットロッジin屋久島は、開催されるそうです。
楽しみですね!!

たかえ
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10.10
Thu
 (スウェットロッジin屋久島 その1)

 (スウェットロッジin屋久島 その2)

 (スウェットロッジin屋久島 その3)



スウェットロッジは祈りの儀式。
祈りを込めた赤いてるてる坊主を自分の上に吊るして、身近な人や身近なことを祈る。
また、知りたいことへの答えを求める。

スウェットロッジに入る前に、明確に頭に浮かべていた祈りの数々。
入る前は魂を込めて全身全霊で祈らせて頂く
という、気持ちだったのに、実際は途中まですっかり忘れていた。

途中でトイレに行きたくなり、私は一旦テントから出た。
本当は最後まで出ないで頑張ろうと思っていたけど、一度トイレに行きたいと思うと、その思いがずーっと頭から離れなくなり、それをリセットするためにも行った方がいいと思って外に出た。

外に出たら、まともな思考にもどるまでに結構時間がかかった。
どこでしたらいいのか迷ってしまってあちこちウロウロしたあげく、やっとここなら大丈夫という場所を見つけておしっこをした。

おしっこをした時、今まで感じたことないような肉体の感覚があった。
膀胱がどこにあり、どうやっておしっこが出ているのかが分かった。

人間の体ってすごいなぁ。
おしっこをしたい!と思ったら、トイレまで歩き、スカートをたくし上げ、下着を取り、しゃがみ。。。という一連の動きを何の迷いもなく滞りなくこなす。
私の体、ありがとう!これからは、もっともっと大切にするよ。と思った。

スッキリした私は、もう何も怖いことはないという気分で戻った。

が、戻ったとたんまたすぐに耐えきれない熱さにやられた。
けれど、最初とは明らかに違い、少し思考することが出来るようになっていた。

ここは子宮の中で、私は胎盤と繋がっている胎児なのだとイメージした。

胎児の私は安心と安全の中で幸せに包まれるはずなのに、幸せ感とはほど遠く、自分を責める気持ちばかりがわき上がってきた。
その攻める気持ちはどこからやってくるのか?

胎児となった自分が母から生まれ、成長し、今は二人の娘の母になっている。

両親と娘たちのことを考えた。

両親と私は考え方もいろんな面で違うし、両親を責めることもよくある。
でも、じゃあ両親のことが嫌いかと言えば全くそうではない。
大好きだ。

この大好きな感覚はどこから来ているのだろう?

両親が自分に与えてくれた無条件、無制限の愛の数々。
間違っていると思えるものもたくさんあるけど、いつでも私のことをかわいくてかわいくて仕方がない両親が、思いのままに、出来ることは全てしていてくれていたと感じた。

「お父さんとお母さんでたかえにしてあげたことを、俺らに返そうなんて思わなくてもいいよ。俺らのしたことで、うれしかったこと、幸せだと感じたことを、たかえは自分の子どもにしてあげな。俺は自分たちに返してもらいたくて、たかえにいろいろしてあげてるわけじゃない。たかえが将来、もし子どもに恵まれたときは、子どもに同じようにしてあげて。」

私がまだ両親の元で育てられていた時に、父がよく言っていた言葉を思い出した。
母もそんな父の言葉にうなずいていた。

でも、不思議なことに、私が子どもを生んでからは、一度も耳にしたことはなかった。
それに気づいた時に、両親がどれだけ私を信頼してくれているかが分かった。

よく、子どもへの接し方について、両親とは違う私のやり方を指摘され、そういうのはどうかと思うと言われる度に、私は必要以上に怒り、
「私には私のやり方がある。自分たちのやり方が正しいだなんて思わないで!」と自分の考えをぶつけてきた。
その度に私は、両親のように出来ない自分を責め、でも、私は私!という思いもより強くなり、苦しんでいた。

でも、その苦しみは全く自分自身の想念から生まれているだけで、両親は私を責めていないし、子ども達も私の両親と私を全く比較なんてしてない。
出来ないことばかりにフォーカスして、一人でいじけている自分の姿が見えた。
お笑いだと思った。

熱くて苦しい子宮の入り口から、外を見たら、そこはパラダイスのようだった。
子宮は熱くて苦しいけれど、確かに守られている。
外の世界は、たくさんの自然があって、涼しい風がそよいでいて、体をのびのびさせて自由に駆け巡れる十分な広さがある。
ただし、放射能やら、農薬やら、武器やら、暴力やら。。。様々な危険も同時に存在する。

だから何?
外はパラダイスだ。
子宮にいるよりも、外のパラダイスへようこそ!と、私は子ども達を満面の笑みで、自信をもって迎えたいと思った。

私が両親にしてもらったように、私は私の理想とするパラダイスを一生懸命創造していこうと誓った。

命の循環。愛の循環。

私に二人の娘と出会わせてくれたナオヤ、ナオヤを生んで育ててくれた北海道の両親、おじいちゃん、おばあちゃん。
延々と続く広ーい北海道の大地が浮かんだ。

この循環の輪を家族にとどめるのではなく、さらに大きく大きくと思った。

感謝と愛が、わき上がってくるままに祈った。

思い浮かんでくる人、一人一人が愛に囲まれ、自分らしく、リラックスして日々過ごすことが出来ますようにと。
一緒にここで耐えている一人一人の苦しみが和らぎますように。

今まで出会ってきたたくさんの人の顔が浮かんだ。
あまりにもたくさんの人が走馬灯のように浮かぶから、もしかして死ぬんじゃないかとも思った。
でも、絶対生きて出て、この思いを表明しなきゃと思った。

ふらふらの胎児の私はそんな強い決意を抱きながらも、とてつもない眠気に襲われはじめた。

(つづく)

知床1 047
  1歳になる前のカフウをつれて、北海道の両親と義理の妹と知床へ行った。
  お父さんがずーっと嬉しそうにカフウを抱っこして歩いていたなぁ。

次くらいでまとまるかな?
分かりません。。。

たかえ


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10.09
Wed
 (スウェットロッジin屋久島 その1)

 (スウェットロッジin屋久島 その2)


着替が終わった後は、いよいよスエットロッジのテントが設置されている場所へ車で向かった。

到着すると、さっきまで降ったりやんだりしていた雨もすっかり上がっていた。
石を焼くための火もだいぶ落ち着いてきた様子で、中に真っ赤な石が見えた。

この時のことは、相当浮ついていたのか、あまりよく覚えていない。

そして、火の前でみんなでさっき練習した歌を歌い、スエットロッジに入ることになった。

スエットロッジは母の子宮内に入るというイメージで、ハイハイして入っていく。
まずはみきちゃんが入り、次が私、その次が奈央ちゃん。私の両隣はこの二人。
女子が全員入ったあと、男子が入った。

石が入っていない状態だけど、ぎゅーぎゅーに入っている状況でほんのり汗ばんでいた。
どうやって座ったら楽か、いろいろ考えたかったけど、あまりにも狭くて、みんなで譲り合って座った。

最後にマザーアース・エデュケーションのメンバーであるはじめちゃんと、主宰の松木先生が入った。

全員が着席した後、赤いてるてる坊主を吊るし、いよいよ真っ赤に焼けている石が投入された。

一個目の石が投入されて、いきなり熱くなった。石は次々投入された。
半分ぐらい入ったところで、もう十分じゃない?十分熱いよ。。と思いつつも、まだまだ温泉のサウナのちょっとキツいのぐらいのイメージだった。

充分な石が投入された後、入り口の幕が下ろされた。

完璧な闇と想像を絶する熱さだった。

そんな中で大声で歌うはじめちゃんと松木先生。
みんなが歌っていたかどうかはわからない。
この熱さの中、歌うってどういうこと?信じられなかった。
みんな特に何を言うわけでもなく、じっと耐えているのか?
私は呼吸することさえも不安で、タオルで口をぐっと抑え、顔を下に向け、目をぎゅーっとつぶって耐えていた。
何もかもが信じられなかった。

ふと目を開けたら、全く何も見えない。
完璧な闇がそこにあった。

何も見えない。。。大きな大きな恐怖がやってきて、私は発狂しそうだった。

ありとあらゆるネガティブな感情が押し寄せてきて、叫びそうになった。
けど、声が出ない。怖すぎて声が出ない。
もし声を出したら壊れてしまいそう。こわい。こわい。。こわいよー!!ってなった瞬間

「こわい!こわいー!!」と隣りのみきちゃんが声を出した。

私の心一杯に広がっていた感情を、言葉を、私じゃないみきちゃんが言った。

その瞬間、不思議なことに恐怖が一気に半減した。
闇の中で、「私はあなた あなたは私」を強烈に体験した。

共感のもたらす力。
闇があったからこその一体感だった。

これをきっかけにして、だいぶ落ち着いた。

それでもまだまだとてつもなく熱く、もうどうしていいんだか分からなかった。

私はじーっと座ってることが出来ず、もぞもぞ動きまくっていた。

そんな私の様子をみて、今度は反対側の隣りに座っていた奈央ちゃんが「たかえ、大丈夫?」と聞いてくれた。
私は本当は全然大丈夫じゃなかったけど、「うん」て答えるのが精一杯だった。

私はとてもじゃないけど、周りの誰かを気遣うなんてまるで出来なかった。最初は。。

気づくと、いつの間にか何もかもが汗でびっしょり濡れていた。

少しづつ温度も下がり、私もだいぶ正気になっていったが、相変わらずダメダメな感じで弱音ばかり口にしていた。
でも、この弱音を吐くということが、ものすごいリラックス感を生み出していた。

そしてやっぱり陣痛の時を思い出した。

陣痛中のどうにも出来ない感じ。
何もかもがどうでもよくなって、ただただそこにいるだけで精一杯。
そんな時は、声も出ないけど、自分がもういっぱいいっぱいなんだということを口に出すと安心する。

もうかっこなんてつけてられない、ダメダメな弱い自分。
それをさらけ出すことで得られる安心感。
さらけ出しても否定されないことの安心感。

人はどうであっても、ただ存在するだけで素晴らしいんだと自分の肉体を通して体感した。

これに気づくためにいてくれたのが、今回偶然隣りに座ることになった奈央ちゃんとみきちゃん。
私が弱音を吐く度に、隣りの奈央ちゃんとみきちゃんが励ましてくれた。

とてもしっかりしていた奈央ちゃんは何かと声をかけてくれて、お姉ちゃんのように感じた。

ぐったりしている私に「たかえ、いいよ。私の上に乗せていいからね。」と私の足を自分の膝の上に乗せて、優しくなでてくれていた。
私はその言葉を何の疑いもなく受け入れ、奈央ちゃんに甘えた。
なかなか人に甘えられない私が、奈央ちゃんには甘えることが出来ていたことに気づいた。

終わった後「奈央ちゃんがまるでお姉ちゃんみたいだったよ。」と言ったら
奈央ちゃんは「私はたかえに会った時から、ずーっとそう思ってたよ。私は前世でたかえのお姉ちゃんだったと感じてて、今世でもこうして会って。なぜかね、たかえを守らなきゃ!っていつも思うんだよ。」と言った。

奈央ちゃんとは知り合って8年ぐらいになるけど、私や私の家族に危機的状況が訪れたときは、自分の用事もほっぽり出して、助けにきてくれたことを思い出した。
あぁ、魂の姉妹だと改めて大きな感謝の念に包まれた。

隣りで私と同じように必死に耐えてたみきちゃんはまるで双子の片割れのように、言葉は交わさなくても(交わす余裕がない)お互い手を握ったり、タッチしあったりで苦しさを共有する相手だった。

みきちゃんはいつも私が「ヤバい!どうしよう!」と思うと、面白いぐらい完璧なタイミングで私の心の声を発する。
だから、私は自分が怖さの絶頂だった時にみきちゃんの手を握った。
みきちゃんはぎゅーっと握り返してくれて、言葉はないけど、お互い乗り越えようという無言の誓いを立ててる感じだった。

スエットロッジでは一緒に体験する仲間、隣りに座る人、全て意味があって、そうなってるって言われているらしい。
終わってからそのことを知って、すごく納得した。

それは、今回参加した人みんながそうだったんじゃないかと思う。
絶妙なバランスで並んだ私たち。
そして、順番が変われば、全く違う出来事、学びがあったんだろうと容易に想像がつくギリギリの環境の中での繊細さ。

この聖なる儀式は祈りの場だということを思い出すのは、少し余裕がでてきてからだった。

(つづく)

スエットロッジin屋久島3
 娘と近所の子ども達 この子たちも魂の姉妹兄弟として育っていってるように感じます

そして、まだまだ続く。。
いろんなことをものすごいスピードで書いています。
実はこれでも相当そぎ落としています。
書くことで、私の血肉にしたいと思っています。


たかえ
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10.08
Tue
 (前回のスエットロッジin屋久島 その1

スエットロッジで使う、熱々に焼けた石のための焚き火。
点火をみんなで見守り、火が落ち着いた頃に一旦集合場所のみきちゃんの家にもどった。

私たちが来るまえに用意してくれていたうどんとサラダの夕食をみんなで食べた。

そして、歌の練習。

歌は本場のスエットロッジのセレモニーでも歌われているラコタ族の言葉の歌。
音の並びが全くアタマに入ってこなくって、覚えられない。
ところどころ、日本語みたいに聞こえる部分と、ひたすら繰り返す部分のみ何とか覚えることができた。

この時は、歌を覚えることで後々救われることになろうとは、この時全く考えもしなかった。

このとき、ラコタ族のサンダンスという儀式の話しを聞いた。
サンダンスは灼熱の大地で4日間、水も食べ物も一切取らずに踊り続ける儀式。
その儀式の最後はピアッシングという耳を塞ぎたくなる様な、痛そうな儀式の話しも聞いた。

この痛み、苦しみに耐えて、そこに何があるのだろうか?
私には理解不能な世界だったけど、聞いているうちに自分の陣痛の時を思い出した。

陣痛の痛みはとてつもないものだったけど、その痛みに耐えきれなくなった時に、自我?がぽーんと離れた瞬間があった。
痛みはもう私のものではなく、ただ「痛い」と感じている感覚があり、それを見ている「私」という存在がいた。
その感覚は静寂そのものなのに、強烈な快感があった。
ちょっと前まで「痛い、痛い」とうめいていたのに、その時思わずもれた言葉が「きもちいい。。」だった。

なぜ、このようなことが起こるのか?
人間の脳や肉体の仕組みゆえのことなのか、もっと別次元の魂のレベルでの話しなのか、それともどちらの要素も含むことなのか?

どちらにしても、痛みが極まった状況で感じた不思議な至福感。
そして、存在の真理。
こういったことをあらゆる体験から理解していた古代の人が、そこに繋がるために生み出したのがセレモニーなのかもしれないと思った。

その後、祈りを込めた赤いてるてる坊主を作る儀式をした。
このてるてる坊主はスエットロッジの中で自分の上に吊るすもの。

赤いてるてる坊主の中には、セージの煙りで浄化したタバコの葉を入れる。
祈りの内容はなるべく具体的にと言うことだったので、私はいろんなことを具体的に思い浮かべた。

子ども達のこと、家族のこと、友達のこと。みんなが安全な環境で元気に幸せに生きていけるように。
私が憂いている様々なことが、誰かを傷つけることなく解決してくれること。
他にも細々、こんなにたくさんの祈りを込めていいんだろうかと思う程。
でも、祈りの内容は普段から感じていることばかりだったので、これなら、いざスエットロッジの中に入って、何が起ころうとも揺るがず祈ることが出来ると思える内容ばかりだった。

盛り上がっていた空気感とは一転して、一人一人が静かな時とともに、祈りを込めて赤いてるてる坊主をつくっていた。

てるてる坊主が完成したら、いよいよ着替をして、会場へ向かうことになった。

いろいろ説明を聞いていたにも関わらず、私はうきうきした高揚した気分になっていった。

というのも、後から冷静に考えてみれば、ここまでの松木先生の話しから、その後のセレモニーが何事もなく終わるはずもないのは解り切ったものだったのに、なぜか私は、私が楽しんでる間、子ども達は大丈夫かな?とか、何が起こるのか、わくわくするなぁ~!なんて、とんでもなく話しを理解していないような思いを抱いていた。
これは、私が人の話しを深く聞いていなかった証拠だと、今は感じている。

これも今回のスエットロッジでの大きな収穫の一つである。
自分では聞いているつもりでも、誰かの話しに魂を傾け、耳を傾けるということが出来てなかったんだなと思った。

情報がありすぎる今だからこそ、誰かと直接話すことが出来る状況においては、さらに深く、でも先入観を持つことなく、しっかりとコミュニケーションをしていきたいし、それが今の自分なら出来ると思う。
方法論ではなく、理解できた。

松木先生はこういった理解に関して「understand」ではなく、「faith」だと言った。
とてもしっくりきた。

そして私の質、でも、それはまやかしの私の質ではない、正真正銘の私のオリジナルの質へと近づいていく大事な理解の一歩だと思った。

スエットロッジは体験したその時だけではなく、後から後からいろんな洞察が生まれてくる。

私はオーラソーマを仕事にしているが、オーラソーマも同じように、セッションを受けているその時だけではなく、セッション後、ボトルを通して自分自身と向き合うことによって、深い理解が得られる。

今回の私が、深い理解へ到達したのは「体験」と「シェアリング」によってだった。
私以外の誰かがいて、初めて見えてくる私。
シェアリングの場で出てくる話しは、誰か一人へのメッセージではなく、そこの場にいる全ての人に必要なメッセージなのだと思う。

そして、体験したこと、理解(Faith)が、日々の生活を意識的なものにする。

あらゆる事象、点と点が結びついて、線になっていく。
線と線が交差し、平面になり、さらに交差し、立体的になり、私たちの日々を形作っている。

さて、次はいよいよスエットロッジに入ります。

スエットロッジ2
  これが赤いてるてる坊主。奥の人物に焦点が合っちゃってますね。
  スエットロッジのテントの枠組み。カバーを取った状態。
  この石が熱々に焼かれて、テント内を超高温スチームサウナ状態を作り出します。

(つづく)

たかえ

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10.07
Mon
屋久島でスエットロッジを体験しました。記憶が薄れないうちに。。。
長いので、何回かに分けて書こうと思っています。

 はじめに。。。
今回、屋久島でのスエットロッジを主催してくれたみきちゃん、何から何まで本当にありがとう!
導いてくれた松木先生、はじめちゃん 屋久島まで来て下さり、たくさんの貴重な体験、興味深いお話をありがとうございました。
大変なお役目、ファイヤーキーパーをしてくれた、さいとうさん、ショウちゃん 熱くて重い大変な作業をどうもありがとう!
場所を整えてくれた、しょうご、れんか、関わって下さった皆様、完璧なスペース作りありがとう!
そして、スエットロッジへ行ってきたらとカフウとハネイの面倒を見てくれたるんるん、永田の仲間たちどうもありがとう!
私を快く送り出してくれたカフウとハネイ、ありがとう!
ツアー中で心配もあっただっただろうけど、信頼してくれたナオヤありがとう!
そして、一緒にスエットロッジを経験してくれた魂の姉妹兄弟、奈央ちゃん、みきちゃん、さわちゃん、ひふみちゃん、れんか、しょうご、けんくん、きとうくん、わたせくん、俊蔵くん、てるや ありがとう!

このタイミング、このメンバーだからこそ、私は最後までスエットロッジを体験し尽くせました。
心からの感謝と祝福を!

HO!MitakuyeOyasin! / 私に繋がる全てのものたち

スエットロッジ1


今まで、いろんな人から聞いてきたスエットロッジのこと。
今回、屋久島で開催という話しを聞き、やってみたいなぁと思いつつも、ナオヤはツアー中で、カフウとハネイがいる。
子ども達のことを考えると、とても集中してスエットロッジに入るなんて考えられないと思って、はなから諦めていた。

遊びに来た友達が「たかえちゃん、スエットロッジやるらしいよ!入るの?」と聞いた。
その時「そりゃあ、やってみたいけど、カフウとハネイがいるから無理だね。誰かに預けるって言っても、1泊になっちゃう。永田もみんな忙しいから、子ども二人を1泊もお任せできないよ。いつかね。いつのタイミングになるかな〜?10年後?」なんて、答えていた。

今、我が家に遊びに来ている友達はスエットロッジに入る予定で、そのことでそわそわしていた。
私は、彼女が心や、環境の調整をしている様子をただそばで見ているだけだった。

スエットロッジの前日、友達が突然体調が悪くなり、午後から寝だした。

私は、明日はスエットロッジの日だから、そっと寝かせておこうと思った。

友達もその時点ではまだ入るつもりの様で、なんとか調整をしようとしているように感じた。

そして当日、朝の10時くらいに突然私に
「ねえ、たかえちゃん。私、やっぱりちょっとこの体調ではスエットロッジは無理かも。私が二人を見ていてあげるから、行く?」と言ってきた。

私は「行きたい!」とまず思った。

でも。。。この日は、行くところがあったし、翌日も会議。
その日のうちにすませなければならないこともあった。夜までに何とか終わらせればと思ってのんびりしていたので、何も手つかずの状況。
お金も、財布の中に入っている分では足りない。
子ども達にも何も伝えていない。いきなり私が出かけることを、二人は納得し、落ち着いて友達と一晩過ごしてくれるだろうか?

といろんなことが一気にアタマを駆け巡り、当然断るべきだと思った。

でも、最初に感じた「行きたい!」という気持ち。
大音量で「行きたい!」という私の気持ちがアタマで鳴り響いた。

マインドをストップさせ、考えるのをやめた。

「もちろん、行きたい!」と返事した。

その後は、やるべきことを淡々と進めた。

いつもなら、なぜか時間がかかってしまう荷物の梱包、なかなか探し当てられないあれこれもすぐに見つかり、やるべきこともなんとか終了。

子ども達の毎週土曜日のヨガクラスにも一緒に参加でき、心と体を整える時間もとれた。

子ども達も「お土産買ってくるから!母さん、生まれ変わって帰ってくるから、一晩るんるんと過ごしてね。みんなの言うこと聞いてね。危ないことはしちゃダメだよ。」という言葉に一応納得してくれた様子。

カフウは「ママは鹿児島で、ずーっとサウナに入ってたのは、今日の練習をしてたんだね。よかったね。」と言ってくれ
ハネイは「まま うまれかわらないでね。この「まま」でかえってちてね。」と、私を送り出してくれた。

こういったものに参加する際は、とにかく下調べをして、いろいろ情報を仕入れるのが私の常。

今回のスエットロッジは、下調べの時間は全くなかった。
スエットロッジに関して私が知っていることは
・とにかく熱い。猛烈に熱いサウナ
・ネイティブアメリカンのセレモニーの一つである
このくらいだけ。

だから、恐怖も何もなかった。
ただ参加できるということがうれしく、棚からぼたもち的なラッキーだと思って出かけて行った。

行く途中で、また様々なやるべきことををこなしながらも、ウキウキ気分で、ラジオから流れてきた「まえは う〜みぃ うしろーは 。。。♪」なんていう、東北の民謡だという歌を一緒に口ずさみながら、「まるで屋久島じゃーん!」とか、大きな声で言って、隣りに停まってる車の人にまん丸の目で見られるというバカ丸出しのうかれっぷりだった。

主催者のみきちゃんの家には、一番乗りでついた。

友達から聞いていた集合時間ピッタリぐらいだったのに、誰もまだ来てなくて、何となく張り切っていた気持ちが徐々にしぼみはじめた頃、少しづつみんなが集りはじめた。
興味の矛先は、突然の参加で、他に誰が参加するのかもよく分っていなかったので、次は誰が来るんだろう?ってことに向かいはじめていた。

そんな感じで全員が揃った時、私はこれから自分がする体験なんてまるで想像すらしておらず、このメンバーで楽しもう!みんなよろしくね〜。なんて軽々しい気持ちでいた。

そして、私は時々子ども達のことを思い浮かべては、大丈夫だろうか?と、心配することはそれだけだった。

途中で子どもを預かってくれている友達に連絡をしたら、カフウとハネイが何かと信頼をおいている近所の友達の家で一緒に折り紙をしているとのこと。
子育ての大先輩と、子ども達二人をいつも暖かく見守ってくれている二人の家で、おとなしく折り紙に熱中している。
これほど文句なしの安心感が持てるシチュエーションがあるだろうか?

この流れは完璧だ!と思った。

ゲームをしたり、車座になって話しをしたり、そんなこんなで何時間か過ぎて、会場での火の点火に立ち合う頃までには、私の浮ついた心もだいぶ落ち着きを取り戻してきていて、少しづつセレモニーへと向かう準備が整っていった。

会場となっていた場所は、整備中の場所で、ワイルドな空気感がただよう敷地。
そこでワイルドに暮らす友人夫婦とファイヤーキーパーをすることになった友達と2匹の犬が出迎えてくれた。

スエットロッジのドーム型テントは思ったより小さくて、この中に参加者全員が座ることを考えたら、かなりギューギュー詰めになるんじゃないかと思った。

テントの横に見事な美しさで、立派に組まれた薪があった。
薪で覆い隠された下に、石が60個入っているとのことだったけど、外からは見えなかった。

簡単にテントの説明と火の場所の説明を聞いてから、着火になった。

炎は少しづつ大きくなっていき、火の粉がまるで精子の様に上空に舞い上がるにつれて、ほんのり気配のあった太陽の存在は全く消えていた。

たくさんの精子が一斉に向かう先は卵子なんだよなぁって考えた。
このたくさんの精子のたった一つだけが卵子に辿り着き、新しい命が生まれる。

生命の誕生の神秘。

私という存在はどんな精子と卵子が結びついて、この世にこうして生まれてきたのだろうか?
どんな意味があって、その精子と卵子は結びついたのだろうか?

うーん、考えたって分かるはずがない。

スエットロッジは誕生するときの最体験と言われている。
とにかく体験しよう!と上昇する火の粉を見つめていた。

(つづく)

たかえ

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